職場を一方的に解雇されたと香帆が歳三に告げると、彼は深い溜息を吐いた。
「そうか・・心配すんな、俺が何とかしてやるから。」
歳三はそう言うと、香帆の肩を叩いた。
「うん・・」
解雇された香帆は、次の就職先を探したが、何処も人手が足りていて、誰も彼女を雇ってはくれなかった。
歳三に迷惑をかけまいと思いながら就職活動をしながら、不採用通知を受け取る香帆の焦りが募ってゆくのと比例して、頻繁に嫌がらせの電話がかかってきた。
“不倫女、何とか言え!”
“タダでやらせてるんだろう?”
自分を誹謗中傷する受話器越しに怒鳴り声を聞きながら、香帆の神経は徐々に磨り減らせていった。
子ども達に会いたい―そう思いながら、香帆は夫の実家へと電話をかけた。
『もしもし?』
「お義母さん、お久しぶりです。」
離婚前にはよく頻繁に連絡を取り合っていた姑に向かって、香帆は無意識に頭を下げていた。
『あなた、今更電話をかけてくるなんて!無神経にもほどがあるわ!』
「申し訳ございません・・あの、子どもたちは・・」
『もう、あなたはうちとは何のかかわりのない人間です。迷惑なのよ!』
耳元でガチャンと受話器を戻す音が聞こえたとともに、甲高いダイヤルトーンが香帆の耳を突き刺した。
香帆は、両膝の間に顔を埋めて泣いた。
「香帆、居るのか?」
帰宅すると部屋の中が暗かったので、歳三が電気をつけると、リビングの隅に香帆が膝を抱えて座っていた。
「どうした、そんなところで風邪ひくぞ?」
「歳兄ちゃん、ごめんね。」
香帆はそう言うとゆっくりと立ち上がり、歳三に抱きついた。
「わたしの所為で、迷惑掛けてごめんね・・」
「何言ってやがる。もう俺はお前と生きると決めたんだ。」
「歳兄ちゃん・・」
二人の唇が重なろうとしているとき、ドアを誰かが拳で殴っている音が聞こえた。
「おい、不倫女、出て来いよ!」
「そこに居るんだろう!」
ガンガンと頭に響くかのような鈍い金属音に怯えながら、香帆はいつの間にかベランダの窓を開け放った。
「香帆・・?」
歳三はドアに気をとられ、香帆が何をしようとしているのかがわからなかった。
窓を開けた彼女はベランダの柵を乗り越え、夜の闇へと消えていった。
「きゃ~!」
「誰か救急車!」
階下の住人の悲鳴で、歳三は何が起きたのか漸く気づいた。
救急車のサイレンの音が聞こえ、歳三はドアを叩いていた者達が去った気配を感じ、部屋から飛び出した。
「土方さん、奥さんが今病院に運ばれたわ!」
「何処の病院ですか?」
「あっちに向かっていったわ!」
(香帆、死ぬなよ!)
自転車を必死に漕ぎながら、歳三は香帆の無事を祈った。
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