「あのう、こちらに何かご用ですか?」
意を決して悠がアパートの前をうろつく男に声を掛けると、まるで彼は地面にバネが仕掛けられていたかのように、そこから1メートルほど飛び上がった。
「い、いいえ・・」
「そうですか。あの、こちらのアパートに住んでいるどなたかにご用ですか?」
「いいえ。すいません、失礼します。」
男は驚いた拍子に地面にぶちまけてしまった鞄の中身を急いで拾い集め、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
「ねぇ、これ忘れましたよ!」
男のものと思われるiPhoneを振りながら悠が彼を呼び止めようとしたが、もう彼は角を曲がってしまった後だった。
(どうしようかな、これ・・)
最寄の警察署に遺失物として預けようかと思ったが、預けると氏名と住所を書類に記入しなくてはならず、またネット上で個人情報が晒されて嫌がらせが再発するかもしれないという不安を悠は抱いた。
フェリシアーノが悪意をネット上にばら撒いた結果、悠は名前も顔も知らないユーザー達から受けた一連の嫌がらせを思い出し、持ち主が取りに来るまで安全な場所にiPhoneを保管しておこうと決めた。
「ただいま~」
「お帰り。仕事、見つかったか?」
「ううん。それよりもさぁ、アパートの前で不審な男がうろついてたから声掛けたんだけど、慌てて逃げちゃった、その人。これ忘れて。」
悠がそう言ってジェファーにiPhoneを見せると、彼は険しい表情を浮かべた。
「これは・・」
「どうしたの、これに見覚えがあるの?」
「ちょっとそれ、見せてくれないか?」
「うん、わかった・・」
悠は怪訝そうな表情を浮かべながらも、ジェファーにiPhoneを渡した。
「全く、こいつは無防備な奴だな。赤の他人が自分の個人情報が詰まった代物を覗くことくらいは予測しておいてロックした方がいいだろうに。」
ジェファーはそうブツブツ呟きながらも、iPhoneを次々と指先で操作しながら、所有者の個人情報を拾っていった。
「こいつの持ち主がわかったぞ。名前はレオナルド。職業は探偵だそうだ。」
「そう・・それで、どうするの?」
「まぁ、警察に届けた方がいい。お前がこれを持ち主が取りに来るまで持っておこうと思っても、相手に取っちゃぁお前がこれを盗んだと勘違いするだろう?要らぬトラブルを招かない為にも、忘れ物はちゃんと警察に届けること。」
「わかったよ。これからは馬鹿な真似はしない。」
「わかってくれてよかったよ。それじゃぁ、一緒に警察署に行こうか?」
数分後、警察署にiPhoneを遺失物として届けた後、二人は遅めのランチを取った。
「ユウ、お前は色々と考え過ぎて早まった行動をする傾向がある。それが余計に物事を拗らせることに、お前はまだ気づいていない。」
「今回のことは軽率だったよ。」
ピカデリー・サーカスにあるカフェで昼食を取りながら、悠はそう言って溜息を吐いた。
「さてと、これから俺は仕事に行かないとな。」
「仕事、もう決まったの?」
「ああ。近くで道路工事があってな。人手が足りないから雇ってくれたよ。」
「どうして俺の仕事は決まらないのに、ジェファーの仕事だけ先に決まるんだろうなぁ・・」
「そういじけるな。根気良く自分に合った仕事を探せば見つかるさ。」
ジェファーはそう言うと、悠の肩を叩いた。
「さてと、夕飯の買い出しにでも行こうかな。」
「気をつけていけよ。」
「うん、わかった。」
カフェの前でジェファーと別れた悠は、そのまま近くのスーパーへと買い出しに行った。
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Last updated
2012.12.25 14:01:58
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