冬の社交シーズンは、夏のそれと同じように貴族達を怠惰や享楽という名の悪魔が誘惑してくる季節だ。
それは、サザーランド教授にとっても例外ではなく、彼は古くからの友人のクリスマスパーティーへの招待状が山のように届いた。
彼はそれらの返事を自分で出すのではなく、使用人達―特に自分に忠実に父の代から仕えてくれる執事長にやらせていた。
それは大した問題ではなく、サザーランド教授はここ最近5キロほど太ってしまった。
原因は、高蛋白質な食事三昧の食生活と酒、煙草漬けの生活を全く改めようとはしないからだった。
妻のバーサはそんな夫の生活を改善させようとしたが、結局無駄に終わってしまい、彼女は夫の傲岸不遜な態度に嫌悪感を抱きつつも、数年前に病で逝った。
口うるさい妻が居なくなり、サザーランド教授はエデンの楽園で禁断の果実を齧り神に追放されたアダムのように、彼はまっすぐに堕落の底無し沼へと陥っていった。
「旦那様、お手紙が届いております。」
「ここに置いておけ、後で読む。」
「それが・・警察からなのです。」
「何だと!?」
サザーランド教授は白目を剥かんばかりに驚くと、執事長から警察からの手紙をひったくるようにして受け取った。
『大変残念ですが、あなた様の甥御様は精神状態が不安定な上・・』
封を切り便箋の上に綴られた流麗な文字を、サザーランド教授は最後まで読むことなく、それを暖炉にくべた。
「旦那様?」
「済まないが、一人にしてくれないか?」
「かしこまりました。」
執事長は主の命令に従うと、そそくさと部屋から出て行った。
その後、部屋の中から何かが割れる音が聞こえたが、彼は無視して次の仕事―一週間後に控えた舞踏会の招待客リスト作りへと取り掛かるために、自室へと向かった。
「お嬢様、こちらのエメラルドのネックレスの方が似合うのでは?」
「そうね。たまにはエメラルドもいいかも。エメラルドの方が、このドレスを上手く引き立ててくれるもの。」
そう言ったアリスは、嬉しそうに鏡の前でエメラルドのネックレスを胸の前で翳した。
「あらアリス様、御機嫌よう。」
「御機嫌よう、皆さん。」
「エメラルドのネックレス、とても良くお似合いですわ。」
「あら、ありがとう。ではまた後でお話致しましょう。」
弟のゴシップについて色々と聞きたくて堪らないといったような顔をしている令嬢達の脇を擦り抜けながら、アリスは友人達と談笑している正義の方へと歩いていった。
『マサ、お久しぶりね。』
『アリス・・』
突然肩を叩かれ、正義が振り向くと、胸元にエメラルドのネックレスを輝かせているアリスを、正義は暫し見惚れてしまった。
『どうしたの?』
『いいえ。今宵のあなたはとても綺麗だなと思って。』
ありきたりなお世辞に、正義は我ながら苦笑したが、アリスは嬉しそうに笑った。
『わたくしと踊っていただける?』
『もちろん、喜んで。』
正義はアリスの手を取り、滑るように踊りの輪へと加わった。
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