岡崎千尋、22歳。
この春看護専門学校を卒業して幼い頃の夢であった看護師となり、胸を弾ませながら職場となる病院で順風満帆な生活を送っていた。
ただ、ある事を除いては。
「あの、沖田先輩、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
「なぁに、千尋ちゃん?」
いつものように、千尋は更衣室で私服から制服に着替える為ロッカーを開けながら、隣でもう着替えを終えている先輩ナース・沖田総司を見てこう言った。
「何でこの病院の制服は超ミニ丈なんですか?」
「ああ、やっぱり気になるよねぇ。」
総司はそう言うとけらけらと笑った。
今彼が着ているのは、ピンクのナース服だ。
だが問題はそれがワンピースタイプであることと、その丈が太腿あたりしかないことである。
そして、それを男女問わず着用しなければならないという変な規則が、この病院にあった。
「どうしてこんなものを着なくちゃいけないんです?今やこんなワンピース型のナース服は時代遅れですよ?」
機能性が重視されたパンツスタイルのナース服が主流になっている中、この病院では時代遅れのワンピーススタイルのものを採用している。
「さぁ、院長の趣味じゃない?あの人さぁ、Hな小説書いてるからねぇ。」
「ええ!?」
「とか言ったら、千尋ちゃん納得してくれた?」
総司がそう言ってくすくすと笑いながら自分を見た時、ああまたこの人にからかわれたと千尋は気づいた。
千尋よりも2年先輩の総司は、何かと新人の千尋をからかうのが好きで、彼が困るところを見るとその日は一日中上機嫌である。
「総司、千尋をまたからかうのは止せ。」
「あっれぇ、はーくん妬いてくれてるの?嬉しいなぁ。」
総司は緋色の瞳を煌かせながら、自分を睨みつけている同僚を見た。
「総司、何度も言っているがいい加減“はーくん”と俺のことを呼ぶな。」
「いいじゃん、別に。さてと千尋ちゃん、もう行こうか?」
「は、はい・・」
ナース服に着替えると、千尋は慌てて総司達とともにナースステーションへと向かった。
「岡崎、もう仕事には慣れたか?」
朝礼が終わった後、そう千尋に話しかけてきたのは総司と同期の斎藤一だった。
総司と同い年らしいが、いつも冷静沈着で患者達からは「氷の天使」と呼ばれている。
先ほどの更衣室の様子から見て、総司とは旧知の仲であるらしい。
「あの、斎藤先輩は沖田先輩とお知り合いなんですか?」
「ああ、あいつとは家が隣同士でな。幼稚園の頃からの腐れ縁ってやつだ。さてと、そろそろ検温の時間だ、行くぞ。」
「はい!」
ナースステーションを出た斎藤と千尋は、5人部屋へと向かった。
その途中、千尋は個室から一人の女性が出てくるところを見た。
「もうあなたなんか知らない!」
目に涙を溜めながら廊下を走り去る女性の背中が遠ざかり、千尋は中で何があったのかを知りたくて個室のドアへと手を掛けようとした。
「何をしている、岡崎。患者のプライバシーは遵守せよと、看護専門学校で教わっただろう?」
「すいません・・」
「わかればいい。」
斎藤は千尋が個室の前から離れるのを確認すると、5人部屋の中へと入っていった。
「検温の時間です。」
「斎藤さん、後ろの子は新人なの?」
そう言って斎藤に尋ねてきたのは、入院患者の荒谷だ。
40代後半で、新人のナースに必ずちょっかいを出すことで有名だ。
「岡崎です、宜しくお願いします。」
「ふぅん・・岡崎君かぁ・・可愛いねぇ。」
荒谷は嫌らしい目で、千尋の全身を舐めるように見た。
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