1890年、ロンドン。
クリスタル・パレスには、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていた。
「はぁ、来るんじゃなかったな・・」
そう言って溜息を吐いた一人の青年は、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。
「お兄様、早く早く~!」
「ああ、今行くよ!」
妹の声が聞こえ、青年はゆっくりと彼女の方へと向かった。
「お兄様、次はピラミッドが見たいわ!」
「なぁ、そんなにあちこち行かなくてもいいだろ?クリスタル・パレスはすぐになくならないぞ?」
「お兄様はちっともわかっていらっしゃらないんだから!こんな場所、滅多に行けないのよ!」
そう言って頬を膨らませる妹を見て、青年は再び溜息を吐いた。
「早く!」
「わかったら、そんなに手を引っ張るなって!」
仕事で地方の出張からロンドンへと帰って自宅でゆっくりしたいと思っていたのに、妹が“クリスタル・パレスへ連れて行け”というので仕方なく来たのだが、いい加減彼は人混みの多さと妹の我が儘にうんざりしていた。
「ねぇ、お兄様ったら!」
「わかったから・・」
グイグイと妹に手を引っ張られ、青年は一人の女性とぶつかってしまった。
「すいません、大丈夫ですか?」
「ええ。」
青年はぶつかってしまった女性の顔を見ると、何故か既視感に襲われた。
金色の髪に、トルマリンの瞳―彼の脳裏に、誰かの顔が浮かんだ。
「わたくしの顔に、何かついてますか?」
「いえ・・初めてお会いしたのに、何処かで会ったような気がしてならないんです。」
「あら、わたくしもですわ。あなた、お名前は?」
「ユリウスです。あなたは?」
「わたくしはマーガレットです。そちらは妹さん?」
女性はそう言うと、妹を見た。
「ええ。」
「ここで会ったのも何かのご縁ですわ。どちらへ行かれるの?」
「ピラミッドを見に。」
「まぁ、わたくしも見ようと思っていたところなんですの。よろしかったら、一緒に行きませんこと?」
「ええ、喜んで。」
青年―ユリウスは、そう言うと女性の手を取って歩き出した。
「さっきの方、綺麗な方だったわね、お兄様?」
「何だよ、俺は・・」
「隠しても駄目よ!兄様、あの人のこと好きなんでしょう?」
「うるさい!」
帰りの馬車の中で妹に図星を指されたユリウスは、顔を羞恥で染めながら彼女を怒鳴りつけた。
一方、パリの路上で一人の女性が男とぶつかってしまった。
「ごめんなさい・・」
「いえ・・」
女性の顔を見た男は、彼女を抱き締めてこう呟いた。
「やっと、見つけた・・」
~fin~
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Last updated
2013.07.14 07:20:44
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