当時、敏明は父親の代から引き継いだ会社を大きくしようと観光や建設業などに手を伸ばしたが、業績は伸びるどころか悪化の一途を辿っていった。
その上、敏明は幼い次男の陽斗に重度の心臓病がわかり、彼を助ける為には海外で移植手術を受けなければならないという衝撃的な事実を医師から宣告された。
その費用は六千万もするといい、当然のことながらそんな大金を敏明が用意できる筈がなかった。
そこで敏明は恥を忍んで、松本家に金を借りに行ったのだった。
だが―
「六千万なんて大金、あんたに貸せる訳ないやろ!?」
敏明の頼みを、松本はにべもなく断った。
「お願いだ、返すから・・」
「あんたに返すあてが何処にあるんや?会社が倒産しかけてるのに、六千万全額返せるなんて信じられるか!」
息子の移植費用に必要なのだとどんなに敏明が松本に訴えても、彼は頑なに金を貸すことを拒んだ。
その時、松本の一人息子・陽太郎がやって来た。
陽斗と少ししか年が違わない彼のあどけない笑みを見て、敏明は松本に土下座した。
「あなたにもお子さんが居るんでしょう?そしたらわたしの気持ちが解る筈だ!」
「あんたに今六千万貸したかて、返ってくる保障がないやろ!さぁ、はよ去(い)んどくれやす!」
玄関先から追い出された敏明は、松本に対して激しい殺意を抱いた。
(もう・・殺すしかない!)
辺りが暗くなったのを見計らって、敏明は松本家の勝手口から中へと侵入し、すぐさま金庫が置いてある夫婦の寝室へと向かった。
寝ているだろうと思っていた松本夫妻は、まだ起きていた。
「お、お前は・・」
「あんた、警察に通報するわ!」
松本の妻が電話へと手を伸ばそうとした時、敏明は彼女の胸に深々とナイフを突き刺していた。
「ひぃぃ、人殺し!」
「お前が、お前が悪いんだ!」
敏明は、憎しみに籠った目で松本を睨み付けると、彼に馬乗りとなって何度もナイフでその胸を突き刺した。
完全に二人が息絶えたのを確認した敏明は、金庫の中から六千万の現金が入った封筒を上着の内ポケットにねじ込むと、そのまま寝室から出て行こうとした。
だが、その姿を松本の一人息子・陽太郎に見られてしまった。
奪った六千万で陽斗の命は助かり、会社も倒産の危機を免れた。
だが15年間、敏明は松本夫妻の命を奪ってしまったという罪悪感に囚われていた。
しかし自分が犯した罪を世間に公表すれば、二人の息子達の輝かしい未来が永遠に閉ざされてしまう。
このまま無事に逃げおおせる為には、陽太郎―もとい陽千代には消えて貰うしかなかった。
田辺の時と、同じように。
(わたしは何も悪くない、悪いのは、金を貸さなかった松本の方だ!)
「社長、もうすぐ品川に着きます。」
「そうか。」
いつしか外の風景は雄大な富士山から、高層ビル群へと変化していた。
「今夜のパーティーが楽しみですね。」
「ああ。」
このまま、警察に捕まる訳にはいかない―そう思いながら、敏明は新幹線から品川駅のホームへと降り立った。
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