JEWEL

2021/10/01(金)09:22

**Scene 4-2**

連載小説:蒼き天使の子守唄(63)

「えい、やぁ!」 「気合いが足りぬ!もっと腹の底から声を出せ!」 あいりが真紀に剣術の稽古を受け始めてから数日が経った。 今まで木刀など握った事がない彼女は、何度もその重みになれずに倒れそうになったが、その度に真紀から叱咤される内に重みに慣れてきた。 「腰がひけておる、そのような事では敵に斬られるぞ!」 「蚊の鳴くような声では敵に侮られる!」 真紀の指導は的確でもあったが、厳しくもあった。 あいりは仲間の仇を討ちたい一心でその指導に耐えたが、こんなことをしていつになったら刀を握れるのか、内心焦りが出始めていた。 それを真紀は見抜いたらしく、ある日の朝、彼は打ち合いをすると言って来た。 しかし、初心者のあいりに対して真紀は容赦なく打ち込んできた。 情けなさと悔しさで泣きそうになった彼女の頭上に、真紀の雷が落ちた。 「生半可な心で剣を握るなと申したであろう、馬鹿者!泣くくらいならば、やめてしまえ!」 「嫌や!」 涙で溢れる目を乱暴に手の甲で擦りながら、あいりは木刀を握り直して真紀を睨みつけた。 「そうか、そなたがそのつもりなら、容赦はせぬぞ!」 カン、カンッという木刀同士が打ち合う音が響く中、あいりは漸く真紀から一本取った。 「最初のころよりも太刀筋がしっかりしておる。だが油断してはならぬぞ。」 「おおきに・・」 あいりが真紀に頭を下げると、彼は少し照れ臭そうに頬を赤く染めた。 「あいり、何してるんや、そないなところで!」 喜びも束の間、背後から主の鋭い声が飛んできて、あいりは身を竦ませた。 「何をしてるかと思うたら剣術の稽古などして・・早う仕事に戻らんか!」 「すいまへん・・」 「お武家様、うちのもんがとんだ失礼を。勘忍しておくれやす。」 主がそう言って真紀に向かって頭を下げると、彼は毅然とした口調でこう言った。 「今や女子でも己の身すら守らねければままならぬ世。俺がそなたの女中に稽古をつけているのは、決して戯れなどではない。」 「へ、へぇ・・」 真紀に真正面からそう言われた主は暫く両の手を揉みながら彼の顔色を窺っていたが、やがて諦めたかのように奥へと消えていった。 「おおきに、助けてくださって・・」 「礼はいらん。そなたほど教え甲斐がある弟子はおらぬゆえな。さてと、もう一本勝負せよ。」 「へぇ!」 再び宿屋の中庭で、木刀が打ち合う音が響いた。 「真紀の奴、女になんぞ剣術の稽古ばつけちょるとか?」 「朝からせからしくてかなわんわ。」 「女子が人ば斬れやせん。」 二人の稽古の様子を遠目で眺めていた志士たちはそう口々に陰口を叩いていると、部屋の襖がすっと開いた。 「あの子は剣技の才がある。君達が胡坐を掻いている間に、彼女はいずれ君達を打ち負かすことになるだろうねぇ。」 「か、桂先生!」 「お早いお戻りで!」 「暫くだったね、皆息災で良かった。」 桂小五郎は、慈愛に満ちた鳶色の瞳で志士たちを見つめた後、彼らに優しく微笑んだ。 にほんブログ村

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る