「何も知らん癖に、軽口ばっかり叩くな!」
「何やとぉ!」
「女子の癖に、生意気を言うちょるか!」
突然あいりから冷水を浴びせられた藩士達は呆然としていたが、瞬時に怒りで顔を赤くして彼女の胸倉を掴んだ。
「女子に手を上げるとは、感心せんのう。」
「けんど、こいつが・・」
「お前らには他にやることがあるがなかか?そげな者に構っちょらんで、向こう行け。」
宮部はそう言って藩士達を睨み付けると、彼らは舌打ちして廊下の角へと消えていった。
「助けてくださって、おおきに。」
「おんしは出来過ぎた女子や。けど、それを快く思わん奴も居る。それを覚えておけ。」
「へぇ・・」
宮部はあいりの肩を叩くと、元来た道へと戻って行った。
「兄上、お加減はどうどすか?」
「だいぶ良くなった。それよりももうすぐ祇園会だな?」
「へぇ。兄上は、祇園会は初めてどすか?」
「ああ。まだ上洛して間もないからな。良かったら案内してくれないか?」
「喜んで。」
真紀の笑顔を、あいりは初めて見た。
二人が穏やかな時間を過ごしているとは対照的に、新選組内では長州の過激派浪士の補縛・取り締まりを強化しているので、緊迫とした空気が流れていた。
「枡屋が武器・弾薬を隠し持っているとの報告が。」
「そうか。じゃぁすぐに向かうぞ!」
「御意。」
新選組は、枡屋喜兵衛―長州藩士・古高俊太郎の存在を会津藩に報告した後、彼を補縛し、蔵へと連行した。
「吐け、吐かぬか!」
前川邸の暗くて蒸し暑い蔵の天井から逆さづりにされて鞭うたれながらも、古高俊太郎は長州の目的を一向に吐こうとはしなかった。
「ったく、あいつちっとも吐きやしねぇ。こうなりゃぁ持久戦に持ち込むしか・・」
「俺が奴を吐かせる。」
歳三はそう言うと、蔵の中へと入った。
「誰か五寸釘と八目蝋燭を持ってこい。」
「はい!」
蔵の中から古高の呻き声を聞いた隊士達は、中で何が起こっているのか気になった。
足の裏を五寸釘で貫かれ、その上に八目蝋燭を垂らされた古高は、とうとう長州の目的を白状した。
「風の強い日を狙って御所に火をつけ・・帝を長州へとお連れあそばす・・」
「よかったな。足が少し痛んだだけで済んで。」
歳三はそう言うと、蔵から出て行った。
「そうか・・では会津藩に報告しよう!」
「ああ。」
こうして、新選組と長州―それぞれにとって長い夜が始まろうとしていた。
「みんな、集まったか?」
「ああ。」
三条小橋の旅籠・池田屋には、長州・肥後・土佐の過激派藩士達が次々と集まって来た。]
その頃、あいりと真紀は祇園会の宵山見物をしていた。
伝統ある祭りとあってか、往来は人の波が出来る程混雑していた。
「おお~い、真紀!大変だ!」
「山下様、どないしはったんどす?そないに息を切らして・・」
「新選組が・・三条小橋の池田屋に!」
「行くぞ、あいり。」
「へぇ。」
あいりは腰に帯びた刀をそっと指先で触れると、真紀とともに雑踏の中を走りだした。
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