「弁当をつくっていないだと、ふざけるな!俺を飢え死にさせる気か!?」
「申し訳ございません・・すぐに作りますから。」
「全く、お前みたいな愚図は何も出来ないんだからな!」
歳三が嘉久の怒鳴り声が聞こえたキッチンへと向かうと、そこには彼に殴られた恵が黙々と彼の弁当を作っていた。
「おい、何があったんだ?」
「貴様には関係ない。この女が朝から俺を不機嫌にさせた、それだけのことだ。」
「弁当くらい自分で作りゃぁいいだろう?」
「そんな事、男の俺が出来るものか!家の事は全て女がやるべきだ!」
「お前馬鹿じゃねぇの?どうせ義姉さんが弁当作ったところで、不味いだの何だのケチつけるんだろうが!」
「何を・・」
嘉久が怒りで拳を固めながら歳三の方へとやって来ると、慌てて恵が二人の間に割って入った。
「歳三さん、わたくしが悪いんです!だから・・」
「義姉さん・・」
「あなた、もうすぐお弁当が出来ますから・・」
「要らん、貴様の所為で遅刻したくないからな!」
嘉久はそう言って歳三を睨み付けると、キッチンから出て行った。
「義姉さん、一体何があったんですか?」
「大したことじゃないわ、歳三さん。わたくしがあの人のお弁当を作り忘れただけよ。」
「それだけで暴力を振るうなんて、とんでもねぇ野郎だ。」
「あの人に殴られるのは、もう慣れてますから・・歳三さん、心配してくださってありがとう。」
そう言うと、恵は歳三に微笑んだ。
(義姉さんは何であんな奴から殴られて我慢できるんだ?暴力癖がある男なんざ、死んでも直らねぇぞ・・)
「どうしました事務長、何処か浮かない顔ですね?」
「いえ・・ちょっと家で騒ぎがありまして。」
昼休み、恵が作った弁当を食べていた歳三が今朝の光景を思い出して溜息を吐いていると、若い事務員・吉田が声を掛けて来た。
「そういえば、理事長先生の息子さん、最近こちらに来ませんね。何かあったんですか?」
「さぁ、知りません。わたしは兄とは親しくないので・・」
「え~、同じ家に住んでいるのに?」
詮索好きな吉田は、そう言って身を乗り出して歳三を見た。
「吉田、今日提出する書類はもう出来あがったのか?」
「いえ、まだです・・」
「他人の私生活を詮索している暇があるなら、仕事をしろ!」
「すいませぇん・・」
吉田は少しバツの悪そうな顔をすると、パソコンのモニターの方へと向き直った。
「伊勢崎さん、助かりました。」
「いいえ、わたしは当然のことをしたまでです。最近の若い者は、仕事にやる気がないのが多いですね。」
「そうですか?わたしもまだ若者なのですが・・」
「ああ、そうでしたね。」
昼食を食べ終えた歳三が弁当箱を鞄にしまい、仕事に取りかかっていると、突然電話が鳴った。
「もしもし、慈愛学院事務室でございます。」
『あのう、あなたは・・』
「事務長の土方と申しますが、どちら様でしょうか?」
『石口と申します。初等部四年一組の、石口純也の母です。』
「石口様、今日はどのようなご用件で・・」
『学費の事で、理事長先生とお話したいことがありまして・・理事長はそちらにおられますか?』
歳三はすぐさま、その電話を理事長室へと繋いだ。
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