「歳三さん、ちょっといいかしら?」
「はい・・」
理事長室から出て来た菊恵は、少し険しい顔をしながら帰り支度をしている歳三を呼び止めた。
「あのね、今度から保護者の方々のお電話は、全て理事長室に繋いで頂戴。」
「わかりました。」
「それよりも、今朝キッチンで騒ぎがあったんですって?」
「ええ。またあいつが義姉さんを殴っていました。」
「あの子には困ったものだわ。恵さんには早く聡君を連れて実家へ帰るよう行って居るのだけれど、あの子は頑として首を縦に振らないのよ。」
「義姉さんはどうして、実家に戻らないんでしょうか?」
「女の意地というものがあるのでしょう、あの様子だと嘉久が浮気していることにも気づいているようだし。それよりも歳三さん、今夜お時間ある?」
「ええ。何かあるのですか?」
「実はね、今夜保護者の方と会合があるのよ。あなたはまだこの学院に入って日が浅いでしょうから、あなたの事を知らない方も居るかもしれないわ。」
「是非、出席させていただきます。」
「そう。じゃぁわたくしは先に車に乗っていますから、支度を済ませたらすぐに駐車場の方にいらっしゃいね。」
「わかりました。では失礼致します。」
事務室に戻った歳三は帰り支度を済ませると、伊勢崎達に挨拶をして駐車場へと向かった。
「お祖母様、お待たせして申し訳ありません。」
「いえ、いいのよ。あなた、中華は嫌いではないかしら?」
「ええ。食べ物で好き嫌いはありません。」
「そう、良かったわ。」
運転手に菊恵は車を出すように命じると、運転手は横浜方面へと車を走らせた。
「理事長先生、いらしてくださってありがとうございます!」
「皆さん、御機嫌よう。紹介するわね、こちらがわたくしの孫で、事務長の歳三さんよ。」
中華街の中にある高級中華料理店で、菊恵はそう言って保護者達に歳三を紹介した。
「初めまして、土方歳三です。まだ右も左もわからぬ若輩者ですが、皆様どうぞご指導のほど宜しくお願い致します。」
「そんなに緊張しないでください、土方さん。それにしてもお若いんですね、おいくつですか?」
「今年で32となります。」
「ご結婚のご予定は?土方さんは素敵なお方だから、引く手あまたでしょう?」
「お恥ずかしながら、結婚の予定以前に、恋人がおりませんから・・」
「あらぁ勿体ない。何だったらわたしの友人、紹介しましょうか?」
保護者達―とりわけ若い母親達は、そう口々に言いながら歳三に群がった。
「皆さん、もうそろそろ中学受験の季節ね。希望校に合格したからといって、気を緩めてはいけませんよ。」
「はい、理事長先生。」
「さてと、堅いお話は後にして、今は楽しくお料理とお酒を頂きましょう。」
菊恵の言葉を聞いた店員は、さっと彼女達のテーブルに料理と酒を運んできた。
「理事長先生、ご馳走様でした。」
「またご馳走になりますね!」
「さようなら~」
店の前で保護者達と別れた歳三は、彼女達のパワーに終始圧倒されっぱなしだった。
「何だか、賑やかな方たちでしたね・・」
「あの方達だけ特別に賑やかな方なのですよ。歳三さん、あなた教師になってみる気はない?」
菊恵はそう言うと、真顔で歳三を見た。
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