「教師、俺がですか?」
「ええ。あなただったら、大丈夫だと思いますよ。」
「何をおっしゃいます、お祖母様。事務長の仕事だけでも忙しくて覚える事が多いのに、教師だなんて・・俺に向いているかどうか・・」
「やってみなければわからないでしょう?まぁ、取り敢えず教員採用試験を受けてみたらどうかしら?」
そう言った菊恵は、完全に乗り気だった。
「キクエ様が、そのような事をおっしゃったのですか?」
「ああ。一体何考えていやがんだ、あのばあさん。」
帰宅し、自分の寝室で寛ぎながら、歳三はそう言って溜息を吐いた。
「なぁフィリップ、俺は教師に向いていると思うか?」
「さぁ・・トシゾウ様は、お子様が好きですか?」
「あんまり。ガキはうるさいから、苦手なんだよ。」
「そうですか。お子様好きでないと教師の仕事は務まりませんからね。乗り気ではないのなら、キクエ様にお断りしてみては。」
「そうだな。」
歳三はそう言うと、目を閉じた。
「歳三さん、お話って何かしら?」
「お祖母様、この前のお話ですが、お断りしようと思っております。」
「まぁ、あなたがそう思うのならば仕方がないわねぇ。無理強いしてしまったようで、悪い事をしてしまったわ。」
「いえ・・」
「嘉久はまた何処かへ行ったようね。フィリップ、朝食を運んで来て頂戴。」
「わかりました。」
フィリップが歳三と菊恵の朝食を持って行った時、ダイニングに何やら慌てた様子で嘉久が入って来た。
「母さん、恵が何処にも居ないんだ!」
「まぁ、何ですって!?」
「聡も居ないし、あいつの荷物もない!」
「きっとあんたに愛想尽かして逃げたんだろうさ。」
「貴様は黙ってろ!」
「ふん、義姉さんを塵芥のように扱ってたくせに、居なくなったら慌てんのかよ?滑稽なこったなぁ。」
「嘉久、恵さんが行くような所に心当たりはあるの?」
「さぁ・・」
「恵さんがこの家を出て行ってしまったのは悲しいけれど、あなたがそこまで恵さんを追い詰めてしまったんですよ、嘉久。反省なさい。」
「クソッ!」
嘉久は腹立ち紛れにドアを蹴り、ダイニングから出て行った。
「お母さん、何処行くの?」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家よ。」
「お父さんは?」
「お父さんはお仕事で忙しいから、お母さんと二人で行きましょうね。」
東京駅の新幹線乗り場で恵はそう言って聡の手を握りながら、新幹線へと乗り込んだ。
その夜、歳三の携帯に恵からの着信があった。
「義姉さん、今何処ですか?」
『実家です。お祖母様にはご心配おかけしてしまって済まなかったとお伝えください。』
「わかりました。」
『わたくしはもうあの人と暮らせません。』
歳三は恵と会話した後、菊恵の部屋のドアをノックした。
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