「やっと見つけた、姫様。」
少年は蒼い瞳を歓喜に輝かせながらそう言うと、椰娜(ユナ)の手を握った。
「あら、お知り合いなの、ユナさん?」
メリアンヌは好奇心を剥き出しにしながら少年を見た。
「いいえ。わたしはこの人とは初対面です。」
「そうかしら? こちらの方はあなたの事をご存知のようだけれど?」
「知りません。」
椰娜はそう言うと、さっと少年の手を振りほどくと、雑踏の中へと消えた。
「姫様、お待ちください!」
人混みを掻き分け、少年は長い金髪を靡(なび)かせながら椰娜の後を慌てて追った。
「何だか訳有りのようね、あの人達・・」
メリアンヌはボソリと呟きながら、再び歩き出した。
「お兄様、只今戻りました。」
彼女がそう言って玄関のドアを開けると、リビングの方から話し声が聞こえた。
「アン、お帰り。買い物は楽しかったか?」
「ええ。お兄様、その方達は?」
メリアンヌはお気に入りのソファに座っているチマ=チョゴリ姿の女性を見た。
「ああ、この人はうちに明日から家政婦に来てくれる福姫(ボンヒ)さんだ。福姫さん、俺の妹のメリアンヌだ。」
「初めまして。」
さっとチマの裾を摘みながら、福姫は雇い主の妹に挨拶した。
「お兄様、わたくしは何も聞いてませんわ。それに家事はエミリーがすれば良い事じゃありませんか? それに子どもが出来たら、どうなさるおつもりなの?」
メリアンヌは突然目の前に現れた東洋人の家政婦に、不快感を隠そうとせずにそう言うと兄を睨んだ。
だが妹の視線を臆せずにウィリアムは彼女を睨み返した。
「アン、エミリーはもう年だし、お前は家事が全然出来ないじゃないか。それに俺は仕事に生きる男だから、この子とは間違いを起こさないから安心してくれ。」
「お兄様がそうおっしゃるのなら、わたくしは何も言いませんわ。」
メリアンヌはそう言いながらも、不服そうな顔をしていた。
「あの、わたしはこれで。」
「ああ、明日から頼むよ、福姫さん。」
「失礼致します。」
福姫は雇い主とその妹に頭を下げると、赤煉瓦の家から出て行った。
一方、椰娜が教坊の門をくぐろうとした時、再びあの少年に手を掴まれた。
「姫様、お待ちください!」
「何なんですか、あなた! わたしを知っているんですか?」
切り口上でそう少年に尋ねた椰娜の前に彼は跪いた。
「わたしは仁錫(イソク)と申します。わたしと父はあなたのお母様からあなたをお守りするよう、頼まれました。」
「わたしの母に?」
「ええ。あなたが今挿している牡丹の簪は、あなたのお母様・・愛敬(エギョン)様が最期にあなたに託したものです。」
少年―仁錫は愛おしそうに椰娜の髪を飾る牡丹の簪に触れた。
「あの時、あなたはお亡くなりになられたのかと思いましたが・・生きていてくださって良かった・・」
「椰娜~!」
突然背後から声がして椰娜が振り返ると、そこには満面の笑顔を浮かべている福姫が立っていた。
「どうしたの、福姫?」
「あのね、家政婦の仕事が見つかったのよ! 明日から来て下さいって言われたわ! それよりも椰娜、中に入らないの?」
「ええ、ちょっとあの人に・・」
椰娜がそう言って仁錫の方へと向き直ろうとした時、彼はもうそこには居なかった。
「椰娜、早く入ってお昼食べましょうよ。」
「わ、わかったわ。」
福姫とともに椰娜は、教坊の中へと入った。
不思議な少年との出会いに、首を傾げながら。
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千菊丸様、こんばんは♪
いつも本当にありがとうございます!
不思議な少年との出会いを通して、
椰娜様の出生の秘密が徐々に明らかになっていくようで、
今後の展開がますます気になります。
当方の小説にも励みになるコメントを感謝いたしております。
スペイン兵と自警団たちとの戦いの行方をお見守り頂けまして、
とても心強く思います.:*・☆
(2022.04.23 23:13:50)