“仁錫(イソク)、今回の事はお父様とそのご友人の完全な誤解だったようです。人騒がせな人達だったわね。”
仁錫は椰娜(ユナ)の手紙を読みながら、思わず苦笑してしまった。
『何やら楽しそうね?何かあったの?』
『いいえ、こちらの話です。それよりも最近、義姉上のお姿を見ませんね?何かあったのですか?』
『ええ、あの子は婚約者とデートしているのよ。』
『そうですか・・それはおめでとうございます。カトリーヌ義姉上のことがありましたから、暫くそういったお話は来ないのかと思いましたよ。』
棘を含んだ言葉を仁錫がエリザベスに投げつけると、彼女はムッとした表情を浮かべた。
『まぁ、あなたもそろそろいい歳だし・・』
『申し訳ありませんが、わたしはまだ結婚など考えておりませんよ?まだ男として半人前ですからね。』
自分に縁談を持ちかけようとするエリザベスの言葉を途中で遮った仁錫は、さっと彼女の脇を通り過ぎた。
『全く、可愛げのない子だこと・・』
一人廊下に取り残されたエリザベスは、そう言うと歯噛みした。
『お帰りなさい、父上。ロシアでは色々とおありになりましたね。』
『あ、ああ・・』
その夜、ロシアから帰国したマッケンジー大尉を笑顔で迎えた仁錫は、そう言って彼にあの話を振ると、彼は笑顔を浮かべた。
『まぁ金を騙し取られなくてよかったですね。』
『イソク、お前には迷惑を掛けてしまったな。』
『そんなこと、お安いご用ですよ。それよりも、わたしの友人には会いましたか?』
『ああ、ユナさんにお会いしたが、聡明な人だな。ああいう人がイソクの奥さんになってくれるといいんだが。』
『それは無理でしょう。男同士で結婚など出来ませんから。』
仁錫の言葉を聞いたマッケンジー大尉がワイングラスを落としそうになったが、慌ててそれを掴んだ。
『ユナさんは、男なのか?』
『ええ。ですがとある事情により、貴族の令嬢として生きています。さてと、わたしはそろそろ出掛けなければなりませんから。』
『そうか・・』
『余り遅くには帰ってきませんので、ご心配なく。』
玄関ホールでさっと外套を羽織った仁錫は、門まで歩いて向かった。
『イソク様、どちらへ?』
『パーシバル・・まだ居たのか?今夜は妹の家に泊まるんじゃなかったのか?』
『そのつもりでしたが、あなたが最近不審な行動をなさっておられるので、それを探ろうとしているだけです。』
パーシバルは、そう言うと仁錫の腕を掴んだ。
『心配するな。ただ知人に会うだけだ。』
『そうですか。ではお気をつけていってらっしゃいませ。』
それ以上彼は仁錫を追及する事はなく、門の前で仁錫に頭を下げて彼を見送った。
だが彼の胸には、仁錫への不信が生まれ始めていた。
(最近イソク様は何をなさっておられるのだろう?)
仁錫が行き先を告げずに何処かへと外出して行く姿をまた見たパーシバルは、彼を尾行する事にした。
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