2013/09/05(木)07:26
金魚花火 第2章:けじめ(3)
「ええ、娘さんとは離婚するつもりです。もう彼女の我が儘に振り回されるのは疲れました。」
「まぁ、何と言う身勝手なことを!」
歳介の言葉を聞いた潔子(きよこ)は、そう叫ぶと歳介の頬を平手で打った。
「お父さん!」
「おいあんた、うちの倅に手ぇ出さないでくれねぇか?あんたんとこのお嬢様が、倅のプライバシーを侵害したんだぜ?」
「お嬢様はご自分の地位を守る為に、当然のことをしたまでです!」
「よく言うぜ!あのお嬢様は何処かおかしいとここに倅が連れて来た時から思ってたんだよ!臨月間近になって海外旅行に行きたいだの、赤ん坊に自分の時間を奪われたくねぇとその世話を倅と乳母に丸投げして、ご自分は友達と優雅にフレンチでランチ?そんなふざけたことしやがったのは、全てあんたん所のお嬢様だろうが!」
「娘の事で、あなた方に大変ご迷惑をお掛けしたことは謝ります。ですが、離婚は考え直していただけないでしょうか?」
「それは倅が決める事だ、俺達が決めることじゃねぇ。だがな、俺ぁあんたらに振り回されるのはもう御免だぜ!興輔は俺達がちゃんと育てるから、心配すんな!」
「興輔お坊ちゃまは石秀家の跡取りですよ!あなた方のような方に、お坊ちゃまを任せる事などできません!」
「はん、お前ぇさえいなければよかったと興輔に抜かしやがった癖に、よく言うぜ!そりゃぁうちはあんたらみてぇにご大層な家柄じゃねぇけどな、お天道(てんとう)さまに恥じるような事は何ひとつしてねぇぜ!」
亮輔がそう啖呵を切ると、潔子は悔しそうに唇を歪めた。
「今日の所は、これで失礼致します。」
「あのなぁ、俺達はもうあんたらに会うつもりはねぇんだよ。わかったらさっさと帰りやがれ!おい瑛子、塩持って来い!」
瑛子が慌ててキッチンから塩を取り、それを亮輔に手渡すと、彼は容赦なく喜助と潔子に塩をぶつけた。
「二度と来んな、この疫病神め!」
「これはれっきとした傷害罪ですよ、訴えますからね!」
「おうよ、やってみな!そん時きゃぁあんたんところのお嬢様がうちの倅にした仕打ちを、世間に暴露してやるからな!」
亮輔は喜助達が帰った後、リビングの椅子にどかりと腰を下ろした。
「ったく、何でいあの婆は。こっちの言う事も聞かずに、一方的に俺達を悪者扱いしやがる。あのお嬢様が変になったのは、あいつの所為だな。」
「あんた、そう興奮しないで頂戴よ。血圧が高いんだから。」
「倅を馬鹿にされて、黙っていられるかい。さてと、疲れたから一眠りしてくらぁ。」
「全くもう、あんたがばら撒いた塩はあたしが片づけなきゃなんないのにねぇ。」
瑛子はそうぶつぶつと亮輔に向かって文句を言いながら、箒とちり取りを持って玄関先へと向かった。
「お父さん、あの人達帰ったの?」
「ああ、祖父ちゃんが追い払ってくれた。それよりも興輔、ここで本当に暮らしたいか?」
「うん。もうあの家には帰りたくない。真那美ちゃんと会えなくなるのは寂しいけど、お母さんや潔子さんにいじめられるよりはマシだもん。」
「興輔、ごめんな・・もっと俺が早くお前の気持ちに気づいてやれば、こんなにお前ぇのことを傷つけずに済んだのにな・・」
歳介は自分の不甲斐なさと、興輔を傷つけてしまった情けなさで、涙を流した。
「お父さん、泣かないで。僕、お父さん達が離婚しても平気だよ。」
「そうか・・」
興輔は父親を励ます為に、無理に笑顔を作った。
その様子を、俊輔はじっとドアの隙間から見ていた。
「健気だねぇ、興輔。兄貴に気を遣って、泣かないようにしてたぜ、さっき。」
「てめぇ、覗き見していやがったな!」
「人聞きの悪い事言うなよぉ。人間観察と言ってくれよ。」
「んなもん、同じじゃねぇか。」
ベランダで煙草を吸っていた歳介は、隣に立っている俊輔を睨みつけた後、彼の頭を軽くはたいた。
「まぁ、兄貴が離婚するって決めたんなら、俺は止めないけどさ・・問題は、あの女がどう出るかだよなぁ。」
「どういう意味だ、それ?」
「あの女と一緒に暮らしてて、ヒステリー起こす時はどんな時か、知ってんだろう?」