「久しぶりだな、橘・・いや、今はセーラ皇太子様か。」
銀縁眼鏡を掛けたその男は、そう言ってセーラを見ると、ゆっくりと彼女に近づいて来た。
「こちらこそ、お久しぶりですね、鷹城さん。お父様のお加減は如何ですか?」
セーラはそう言って銀縁眼鏡の男―鷹城溪檎(たかしろけいご)を見た。
彼女の言葉を聞いた途端、溪檎の顔が怒りで歪んだ。
「まさかあのような出来事が起きてしまって、未だに信じられません。」
「ふん、君は相変わらず嫌な女だな。」
「それはお互い様です。まぁ、今の警視総監殿は収賄で逮捕されたあなたのお父様とは違って、清廉潔白な方ですから。少しは警察組織内部に溜まりに溜まった膿を洗い流してくれることでしょうね。」
「・・言いたい事は、それだけか?」
「あなたの方こそ、養父(ちち)の墓に何の用ですか?」
セーラは溪檎を睨み付け、昔の事を思い出していた。
溪檎とは初めて会ったその時から反りが合わなかった。
キャリア組の警察官僚でエリートの溪檎は、あからさまにノンキャリア組の警官達を馬鹿にし、見下していた。
そういった彼の驕(おご)り高ぶった態度が気に食わなかった。
それは今でも変わらない。
「いい気味だと思っているのだろう?父が収賄で逮捕され、鷹城家が没落して。余り調子に乗ると痛い目に遭うぞ?」
「1年半ぶりに再会したというのに、恫喝されるとは・・まぁ、あなたのような方はいつもそうしてご自分より弱い立場の人に対してそんな態度を取っているのですね?」
「何だと!」
溪檎が怒りの余りセーラに拳を振り上げようとした時、背後で撃鉄を起こす音が聞こえた。
「セーラ様、大丈夫ですか?」
「ああ。もう用事は済んだ、帰ろう。」
「はい・・」
拳銃を下ろした日下部は、それをショルダーホルスターに仕舞った後、溪檎を見た。
「もしや、あなたは鷹城元警視総監の・・」
「君も今やSPか・・あの時地べたを這いずり回っていた同じ男とは思えんな。」
溪檎は少し小馬鹿にしたような顔で日下部を見ると、墓地を後にした。
「知り合いか?」
「ええ。セーラ様こそ、鷹城さんとは・・」
「彼とは深い因縁があってな。あの様子だと、仲が良さそうに見えなかったが。」
「鷹城さん・・あの人とは、あなた様と同じように深い因縁があります。まぁ、あの人はもう警察を辞めておられるから、俺とはもう何の関係もない人ですが。」
「実の父親が逮捕されても、性格は変わらないか。まぁ、あんなプライドの塊のような男は、何処へ行っても嫌われているだろうよ。」
「そうですね・・この間、あいつと同じ会社に勤めている知り合いと飲んだんですがね、あいつは職場で孤立しているようです。」
「まぁ、あんな性格じゃ無理もない。」
「車を回してきます。」
「頼む。」
日下部の姿が墓地から見えなくなると、セーラは再び養父の墓へと向き直った。
「また来ます、お義父様。」
生前養父が愛していたクリスマス・ローズを彼の墓前に供えると、セーラは一度も振り向かずに墓地を後にした。
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