置屋へと戻った真那美は、早速自分の部屋に入って身支度を整えた。
「おかあさん、化粧出来ました。」
「そうか。男衆(おとこし)の南方さんが来てはるえ。」
「そうどすか。」
男衆の南方に着付けを施され、12月の花簪を髪に挿した真那美は置屋を出て、前日降った雨で濡れた花見小路をおこぼで歩いた。
裾が濡れないように左手で褄(つま)を取り、目的地である老舗旅館「ささき」の正面玄関へと彼女が入ろうとした時、僅かな段差に足を取られ、彼女は身体のバランスを崩して石畳の床に転倒しそうになった。
だがその時、誰かが背後で自分を抱き留めてくれた。
「おおきに、助かりました。」
「大丈夫、怪我はない?」
「へぇ、お蔭さまで・・」
真那美は自分を助けてくれた人に礼を言おうと背後を振り向くと、そこには髪を金色に染めた少年が立っていた。
その少年の顔に、真那美は何処か見覚えがあった。
「すいまへんけど、うちと何処かで会うたことはありまへんか?」
「急にそんな事聞かれても・・君、名前は?」
「うちは真那美といいます。」
「真那美・・じゃぁ、君は小学校の時、よく俺と一緒に遊んだ真那美ちゃんなの?」
「そうどす。あの、お名前伺ってもよろしおすか?」
「俺?俺は鈴久彗(けい)っていうんだけど。」
「やっぱり、彗君や!」
真那美はそう叫ぶと、嬉しそうな顔で彗を見た。
「お久しぶりどすなぁ、元気にしてはりました?」
「まぁね。どうして真那美ちゃんはここに?」
「うちはこれからお座敷どす。彗君は?」
「俺はちょっと野暮用でね。じゃぁ。」
彗はそう言って真那美に手を振ると、旅館の前から去っていった。
「すいません、遅くなりました。」
「どうした、一度も遅刻しないお前が今夜にしては珍しいじゃねぇか?」
数分後、彗が四条通にある雑居ビルの三階にある通販会社の事務所に入ると、革張りの椅子に座っていた30代前半の男がそう言って彼を見た。
彼の名は枡田といって、裏社会では一目置かれている存在であった。
「まさかお前ぇ、サツに目ぇつけられたんじゃねぇよなぁ?」
「いいえ、それはありません。ささきの前で、知り合いに会いまして・・」
「知り合い?」
「小学校の時に、一緒に遊んでいた友達です。」
「そうか。なぁ彗、もう俺らのパシリをするのはもう飽きたろ?俺ぁなぁ、お前ぇにでっけぇ仕事を任せたいと思ってんだよ。」
「デカイ仕事、ですか?」
「ああ。お前ぇ、パソコンに詳しいんだろ?いいやつがこの前入ってきたからよ、それをネット上で売りたいんだよ。」
「はぁ・・」
彗は枡田が自分に何を要求しているのかがわかった。
「すぐに取りかかります。」
「そうか、頼んだぜ。俺ぁパソコンはどうも苦手だからよ、お前ぇにしか頼める奴がいねぇんだよ。」
枡田はそう言って彗の肩を叩くと、事務所から出て行った。
彼はこの会社の社長だが、仕事よりも競馬場や競輪、パチンコ店などに入り浸っていることが多く、この事務所に顔を出すのは月に数回位である。
彗は枡田が関西一円を牛耳っている暴力団・枡田組の次期組長であることを知っている上で、彼の下で働いていた。
何故なら自分の居場所は、ここしかないからだ。
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Last updated
2013.09.26 15:30:11
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