「一体誰が、こんな酷い事を・・」
「さぁな。」
何者かによって割られた玄関の硝子戸の残骸を明歳と千尋が箒とちり取りを使って片付けていると、そこへ武雄が通りかかった。
「どうなさったんですか?」
「玄関の硝子戸が誰かに割られてしまって・・」
「わたしも手伝いましょう。」
「いえ、結構です。」
ちり取りで残りの硝子片を掻き集めた千尋は、そう言って武雄に背を向けた。
「明歳、夕飯の支度を手伝って頂戴。」
「ああ、わかったよ。」
「吉田さん、何か用ですか?」
「ええ、実はさっき銀座の辺りを歩いていましたら、あなたのご主人が見知らぬ女の方と歩いているのを見てしまいまして・・」
「あら、そんな事をわざわざわたくしに報告しにいらしたの?ご苦労様ですこと。」
千尋はそう言って武雄に微笑んだが、目は笑っていなかった。
「あなた、銀座で一緒に歩いていらした女の方はどなたです?」
「千尋・・」
歳三が帰宅し、千尋は早速彼に武雄から聞いた女の事を彼に尋ねてみた。
「あいつは俺が通っている店のママだ。」
「まぁ、そうですの。わたくしてっきり、またあなたが外に妾を作っているのかと思いましたわ。」
「誤解だ、千尋。そいつとは寝てねぇ。」
「あら、そうですの。」
千尋はそう言うと、歳三を睨んで居間から出て行った。
「父さん、あんまり母さんを怒らせないでくれよ?」
「わかってるよ。それよりも利尋の様子はどうだ?」
「まぁ、少しずつ回復しているかな。先生の話だと、近いうちに退院できそうだってさ。」
「そうか・・」
6月に入院していた利尋が退院し、再び家族の元に戻ったのは、7月中旬のことだった。
「お帰り、利尋。」
「心配をお掛けしてしまってごめんなさい・・」
「利尋、学校にはいつ戻るの?」
「9月には戻ろうと思っています。それまでに、休んでいた分の勉強の遅れを取り戻そうかなと・・」
「あなたが元気になって良かったわ。」
両親と兄に温かく迎えられた利尋は、1ヶ月ぶりに千尋の手料理を味わった。
「お母様が作る筑前煮は美味しいですね。」
「あら、あなたも気が利いた事を言うようになったのねぇ。」
「お父様、お仕事の方はどうですか?」
「順調だ。まぁ、今はまだ昔住んでいたような大きな屋敷は買えないがな。」
「別にお屋敷なんて要りませんわ。何処に住んで居ても、家族が傍に居ればいいんです。」
「そうか・・」
両親の仲睦まじい様子を見ながら、明歳と利尋は溜息を吐いた。
「離婚しようとしていた頃とは大違いだね?」
「そうだな・・」
その日の夜、千尋は外で微かな物音がしていることに気づき、隣で眠っている夫を揺り起こした。
「あなた、外で物音が・・」
「泥棒か?」
歳三が木刀を握り締めながら玄関先へと向かうと、不意に玄関の戸が開いて一人の男が家の中に入って来た。
「てめぇ、何者だ!」
歳三が懐中電灯で侵入者の顔を照らすと、その侵入者は戦死した筈の信子の夫・博章だった。
「博章さん、あなた・・」
「千尋ちゃん、また会えたね。」
博章がそう言って千尋に微笑んだ時、彼の腹から大きな音がした。
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