「千尋の奴、遅ぇなぁ・・」
「仕立屋が張り切っているんだろうさ。荻野さんみたいな美人には、なかなかそうお目にかかれないだろうからね。」
「美人って・・あいつは男だぞ?」
「美人は性別なんて関係ないさ。君だって、綺麗じゃないか?」
「そりゃそうだけどよぉ・・」
歳三と義文がそんな事を話していると、ダイニングに千尋が入ってきた。
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。」
淡いブルーのドレスを纏い、真珠のネックレスをつけた千尋は、まるで人魚のように美しかった。
「何か、おかしいところでも・・」
「いや、お前ぇが余りにも綺麗だから、見惚れていたんだ。」
「まぁ・・」
羞恥で頬を赤く染めた千尋は、そっと歳三に向かって手を差し出した。
「それでは、参りましょうか?」
「ああ。」
義文と共に馬車でパーティー会場に向かった歳三達は、馬車の窓からロンドンの街並みを興味深げに眺めていた。
「ロンドンに来るのは初めてかい?」
「ああ。今まで異国に行ったことがねぇから、エゲレスがどんな国なのか興味があるんだ。」
「そう・・そういえば、君は今まで京に居たんだっけ?」
義文はそう言うと、じっと歳三を見た。
「お前ぇ、俺のことを知っているのか?」
「ああ。僕も宇都宮で君達と戦ったことがあるからね。それ以前にも、京で何度か君の部下達と刃を交えたこともある。」
義文の言葉を聞いた歳三は、ビクリと身を震わせた。
「俺達に港で声を掛けたのは、何か目的でもあるのか?」
「別に。元新選組副長だった君とロンドンで再会するなんて嬉しいなって思っただけ。」
「へぇ、そうかい。」
「さてと、そろそろ降りる準備をしなくてはね。」
「ああ。」
三人を乗せた馬車はやがて、パーティー会場であるM侯爵邸に着いた。
「パーティーに招待された奴らは、どんな奴らなんだ?」
「主に明治政府の高官達かな。まぁ、君の顔を知っている者は余り居ないと思うけど・・」
義文と歳三が大広間に入ると、それまで談笑していた客達が一斉に彼らを見た。
「何だか俺達、見られていないか?」
「気の所為じゃないですか?」
千尋がそう言いながら大広間に入ろうとした時、彼は小さな段差に躓(つまず)いて転倒しそうになった。
「大丈夫か?」
「ええ・・」
歳三に抱き留められ、千尋は彼に礼を言いながら頬を赤く染めた。
―ねぇ、あの方・・
―素敵じゃない?
―彼にダンスを申し込もうかしら?
自分達の近くでそう囁いている女達の声が聞こえ、千尋は思わず身を固くした。
「どうした?」
「何でもありません・・」
「なぁ、一緒に踊ろうぜ?」
「ええ。」
千尋は歳三の手を取ると、そのまま彼とともに踊りの輪に加わった。
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