千尋達が公園に入ると、そこは既に見物人で溢れ返っていた。
「千尋、お前ぇが剣の遣い手だってことは知っているが、余り油断するんじゃねぇぞ?」
「わかりました。」
歳三から愛刀を受け取った千尋は、ゆっくりと博人が待つ中央広場へと向かった。
「何だ、来たのか。怖気づいて来ないのかと思ったぞ。」
「わたくしがあなたを恐れているのなら、決闘など申し込みませんよ。寧ろ、あなたが決闘でわたくしに負ける事を恐れて来ないのではないのかと思っていました。」
千尋がそう言うと、見物人の間から笑い声が上がった。
「そんなに僕を馬鹿にすることが出来るのは、僕と戦ってから言うんだな!」
博人は怒りで顔を赤く染めると、刀の鯉口を切った。
「それほど己の腕に自信がおありのようですね?ならばその腕前、見せて下さいな。」
千尋は博人を睨みつけながら、刀の鯉口を切り、白刃を博人の前に翳した。
「それでは、始め!」
義文が決闘の開始を告げると、博人が奇声を上げながら千尋に躍りかかって来た。
だが隙だらけの彼の攻撃を難なくかわした千尋は、そのまま身体を反転させると、遠心力を利用して彼の後頭部に剣の鍔(つば)を叩きつけた。
博人は低い呻き声を漏らしながら、ゆっくりと地面にくずおれ、そのまま動かなくなった。
「何だか呆気ない終わり方だったなぁ。」
「ええ、そうですね。薩摩示現流の遣い手だと聞きましたが、こんなに弱いとは思いませんでした。」
千尋はそう言うと、そっと気絶している博人の前に跪いた。
「まぁ、決闘にはお前ぇが勝ったし、証人は沢山居る。あとでこいつが何を言っても、誰もこいつの言葉を信じねぇだろうよ。」
「そうですね・・」
千尋が決闘で佐伯博人に勝利したという記事は、翌朝の朝刊に載った。
“ヤマトの国から来たレディ、会心の一撃で男を倒す。”
「こんなに大々的に報道されるとは、思いもしませんでした。」
「東洋人同士の決闘は珍しいからね。でも千尋さん、君は何処からどう見ても西洋人そのものだけど・・」
「わたくしは、異人の血をひいているのです。実の両親が誰なのかはわからずじまいですが。」
「そうなのか。実の両親には会いたいとは思わないの?」
「いいえ。今は、旦那様だけがわたくしの家族ですから・・会いたいとも思いません。」
千尋がそう言って紅茶を一口飲んでいると、ダイニングに勇蔵が入ってきた。
「おんし、聞いたぜよ!昨日あの佐伯の倅をのしたそうじゃのう?」
「ええ。大口を叩いていた割には、あの方は大した剣の腕をお持ちではありませんでしたね。」
「まぁ、あいつは昔から嘘吐きじゃからのう。おんしに公衆の面前で恥をかかされた腹いせに、自分がいかにすごいのかを周りに吹聴して回ったんじゃろう。」
「志村様は、今日は何のご用でこちらに?」
「おんし達に別れの挨拶をしに来たがじゃ。そろそろわしも日本に帰ろうと思うてのう。こん国で得た知識を、土佐の為に生かしたいがじゃ。」
「そうですか・・いつ日本にお戻りになられるのですか?」
「明日の夜じゃ。義文に宜しく伝えておいてくれ。」
「必ず伝えます。志村さんがいらっしゃらなくなると寂しくなりますね。」
「嬉しい事を言うのう。日本に帰るのをやめようかのう・・」
勇蔵はそう言って嬉しそうな顔で千尋を見ながら、彼を抱き締めようとした。
「人の女房に手ぇ出して痛い目に遭う前に、さっさと日本に帰ったらどうだ?」
歳三が勇蔵に氷のような視線を送ると、彼は慌てて千尋から手を離した。
「ったく、油断も隙もねぇな、あの野郎。」
「旦那様、志村様の言葉を真に受けないでくださいませ。」
千尋は嫉妬深い歳三に苦笑しながらも、そう言って彼に微笑んだ。
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