「降りる時は、お足元にご注意ください。」
馬車が石田邸に着いた後、先に馬車から降りた執事はそう言いながら、千尋と眞琴を邸の中へとエスコートした。
「旦那様、内藤様を連れて参りました。」
「そうか。」
「失礼致します。」
石田邸の客間に入った千尋は、ソファに石田と見知らぬ女性が座っているのを見て、その女性が石田の妻であることに気づいた。
「かあさま、この人だぁれ?」
眞琴はそう言うと、不安げな顔をして千尋を見た。
「この方は、お母様のお知り合いですよ。さぁ眞琴、ご挨拶なさい。」
「はじめまして、ないとうまことともうします。」
「君が眞琴ちゃんか、可愛いねぇ。」
石田は眞琴を見て嬉しそうに目を細めると、隣に座っている妻の方へと向き直った。
「あなた、こちらの方はどなたなの?」
「内藤さん、こちらは妻の文子だ。」
「内藤千尋と申します。」
「上田、眞琴ちゃんと暫く一緒に遊んでいてくれないか?」
「わかりました。眞琴様、わたくしと一緒に遊びましょう。」
「かあさま・・」
「上田さんの言う事をよく聞きなさい。石田さんとのお話が終わったら、すぐに迎えにいきますからね。」
千尋の言葉を聞いた眞琴は少し不安げな顔をしながらも、上田とともに客間から出て行った。
「わざわざわたくしをここに連れて来たのには、何か訳がおありなのでしょう?」
「ええ。実は眞琴を、わたくしどもに引き取らせていただけないかと思いましてね・・」
「奥様は、それを承諾されたのですか?」
千尋がそう言って石田の妻・文子を見ると、文子は静かに頷いた。
「ええ。あの子とは血が繋がっていませんが、この人の娘ならわたくしの娘と同じことです。どうか千尋さん、眞琴ちゃんをわたくしどもに引き取らせてください。」
「お断りいたします。わたくしは眞琴を実の娘のようにこの三年間育てて参りました。三年前眞琴を捨てた石田様には、あの子を渡すことはできません。」
「僕はあの子の実の父親ですよ!娘を育てる権利が、わたしにはある!」
「権利という言葉を使う前に、父親としての義務を果たされていらっしゃらない方が何を言いますか?」
千尋がそう言って石田を睨むと、彼の隣に座っていた文子が千尋に分厚い封筒を手渡した。
「これはなんですか?」
「眞琴を三年間わたくしどもの代わりに育ててくださった謝礼金です。」
「これは受け取れません。」
千尋はそう言うと、文子に金が入った封筒を突き返し、そのまま客間から出て行った。
眞琴は、上田と居間で遊んでいた。
「眞琴、帰りますよ。」
「はい、かあさま。」
「ご自宅までお送り致します。」
「いえ、結構です。」
石田邸から帰宅した千尋は、歩き疲れて眠ってしまった眞琴をそっと布団に寝かせた後、溜息を吐いた。
「どうした、何かあったのか?」
「旦那様・・」
歳三の顔を見るなり、千尋は涙を流しながら彼に抱きついた。
「千尋、どうしたんだ?」
「実は・・」
千尋はしゃくり上げながら、眞琴の実父に会ったことを歳三に話した。
「そうか、そんな事があったのか・・」
「旦那様、あの人達には絶対に眞琴を渡したくありません。」
「俺もお前ぇと同じ気持ちだ。」
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