「いらっしゃいませ~」
「すいません、ここに千尋さんっていう子、居ませんか?」
「ああ、千尋ちゃんなら先月から産休に入っとるよ。」
「産休?」
「来年の3月が予定日やから、ママが早めに産休を取らせたんよ。」
「そうですか・・」
大晦日、千尋が働いているという中洲のクラブ『シャンテ』へと向かった浅田は、同僚のホステス達から千尋が産休を取っていることを知った。
「千尋さん、ママと一緒に住んで居るんですよね?ママが住んでいるマンション、何処にあるのか教えて貰えませんか?」
「そこまではちょっと・・ねぇ?」
「うちらは余りママの事はよう知りませんから・・」
ホステス達は互いに目配せすると、浅田が座っているソファ席から離れた。
(収穫なしか・・)
浅田は溜息を吐くと、伝票を掴んで『シャンテ』から出た。
「お客さん、ちょっと!」
店を出て浅田が暫く中洲の街を歩いていると、彼の背後から派手なドレスを纏ったホステスが彼を追いかけて来た。
「何ですか?」
「さっき、千尋ちゃんの事聞いとったろ?」
「ええ、そうですけれど・・あなたは?」
「うちはみちよ。あんたに話したい事があるから、ちょっと来て。」
「わかりました・・」
『シャンテ』のホステス・みちるに連れられ、浅田は彼女と共に屋台のラーメン屋に入った。
「ここはあんたの奢りでよかね?」
「ええ、構いませんが・・みちるさん、わたしに話したい事って何ですか?」
「千尋ちゃんねぇ、恋人から暴力を受けて来て東京から逃げてきたんよ。」
「恋人?千尋さんに恋人が居たんですか?」
「ママから聞いた話やけど、千尋ちゃんの彼氏やった男は酷い酒乱で、千尋ちゃんにいつも暴力を振るっとったらしいよ。」
「そうですか・・」
「ママは昔、男に騙されたことがあるから、千尋ちゃんに同情したんやろうね。まぁ、一緒に住んどるうちに千尋ちゃんとはまるで実の親子のように仲が良いんよ。」
みちるはそう言うと、ラーメンのどんぶりを持ってスープを豪快に飲み干した。
「千尋、新年明けましておめでとう。」
「明けましておめでとうございます、ママ。」
「これ、あんたに。出産費用の足しになるといいけど。」
「まぁ、ありがとうございます。」
新年を瑛子の部屋で迎えた千尋は、彼女からお年玉が入ったぽち袋を受け取った。
「赤ちゃんの性別、どっちかわかったと?」
「男の子ですって。最近胎動が激しくて、困っちゃいます。」
千尋はそう言うと、大きく迫り出した下腹を愛おしそうに撫でた。
「元気な子が生まれるとよかねぇ~」
「ええ、本当に。」
瑛子と千尋が赤ん坊の話をしていると、突然エントランスのチャイムが鳴った。
「わたしが出ます。」
「あんたは座って休みんしゃい。うちが出るけん。」
瑛子はそう言うとこたつの中から出て、インターホンのスイッチを入れた。
画面には、宅配業者の男が映っていた。
『荻野千尋さんに、お歳暮をお届けに上がりました。』
「は~い、今待ってくださいねぇ。」
瑛子はエントランスのロックを解錠すると、男を部屋の中に入れた。
「すいません、お歳暮は・・」
「ママ、お客様?」
千尋がこたつから立ち上がろうとした時、男が隠し持っていた鉈(なた)を瑛子に向けるのを見た。
「千尋、あんたは逃げんしゃい!」
「ママ!」
瑛子の血が、リビングの壁に飛び散った。
ライン素材提供:White Board様
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