2018年2月、東京。
『沖田総美(さとみ)選手、バンクーバー、ソチに続いて韓国・平昌(ピョンチャン)でも金メダルを獲得しました!』
興奮したテレビリポーターの声が、昼時のラーメン店にこだました。
「さとみちゃん、凄いなぁ。三大会連続金メダルなんて・・」
「近藤さん、喋っている暇があったらラーメン食えよ。麺、のびちまうぜ。」
歳三はテレビに釘づけになっている近藤にそう言うと、箸で鶏の唐揚げを摘んでそれを口に放り込んだ。
「金メダル、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
表彰式の後、記者会見に臨んだ総美は、そう言うと記者達に愛想笑いを浮かべた。
「三大会連続の金メダル、獲得された今のご気分はいかがですか?」
「そうですね、感無量としか言えません。このオリンピックはわたしにとって最後のオリンピックになるので、有終の美が飾れて本当に嬉しく思います。」
「最後のオリンピックとは、どういう意味でしょうか?」
「わたしは、今回のオリンピックを期に、現役を引退しようと思っています。」
総美の言葉を聞いた記者達が一斉にざわつき始めた。
「総美、どうしてあんな事を言ったの!?」
「引退する事は、前から決まっていたじゃないの。今更隠す必要なんて何処にあるの?」
「せめて世界選手権大会までは引退しないって、ママと約束したでしょう?その約束を破るつもりなの?」
「わたしは、もう限界なの。ママ、もうわたしを自由にさせて。」
総美はそう言うと、美香を見た。
「これからママ、どうすればいいの?」
「そんなの、自分で考えてよ。もう良い年をした大人なんだから。」
「待ちなさい、総美!」
美香の声を背に受けながら、総美はホテルの部屋から出た。
25歳になった総美は、スケートを習い始めてから持病の腰痛に苦しんでいた。
バンクーバー、ソチと、世界の大舞台で金メダルを二度も獲得した後、総美は自分の腰痛が酷くなっていることに気づいた。
『このままだと、歩行も困難になるかもしれません。覚悟しておいてください。』
病院で医師から告げられた残酷な言葉に、総美は打ちのめされた。
今までスケート一筋で生きて来た彼女にとって、リンクの上に立てないというのは、死ねと言われているのと同じことだった。
もう終わりにしよう―平昌で金メダルを獲れなかったら、その時はまた何かを考えよう。
そう思いながら、総美は現役最後のオリンピックに臨んだ。
『サトミ、ここに居たの。』
『マリア。』
ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる総美の元に、銅メダルを獲得したロシアのマリア=ペロトワが駆け寄ってきた。
『金メダルおめでとう。』
『ありがとう。』
『あなたが引退するなんて残念だわ。もっとあなたとは良いライバルでいたかったのに。』
『わたしもよ、マリア。』
マリアと話しながら、総美は千尋の事を想った。
(千尋ちゃん、今何処に居るの?)
昼食を終えた歳三は、7年前に福岡市で起きた強盗致傷事件の捜査資料に目を通していた。
ライン素材提供:White Board様
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