JEWEL

2014/04/09(水)10:33

炎の月-73-

完結済小説:炎の月(160)

ライン素材提供:ひまわりの小部屋様 ほどなくして、二人の元にデミグラスソースがかかったオムライスが運ばれてきた。 「美味しそうですね。」 歳三はそう言うと、食前の祈りを捧げ、スプーンでオムライスを一口大に切った。 「土方先生は、クリスチャンなのですか?」 「ええ。クリスチャンといっても、わたしが信仰するのは旧教(ローマ=カトリック)です。最近、日本にもキリスト教徒が増えているといわれていますが、その殆どは新教(プロテスタント)ですね。」 「英国やオランダの宣教師の方々が、新教を信仰していらっしゃるので、信者の皆さんも自然と新教徒となられる方が多いんですね。」 悠子はグラスに注がれた水を一杯飲むと、歳三が首に提げているロザリオを見た。 「そのロザリオは、先生の物ですか?」 「いいえ。わたしの親友の形見です。」 「まぁ。わたくし、失礼な事をお聞きしてしまって・・」 「いいんです。彼は、元は華族の令息でしたが、父親が経営する会社が倒産して家が没落の憂き目に遭い、苦界へと売られてしまったのです。」 「苦界へ・・」 悠子は歳三の話に耳を傾けながら、恐怖で身を震わせた。 「わたくしの知り合いにも、会社が潰れて借金の返済が追い付かず、泣く泣く娘を女郎屋に売ったという話を聞いております。それは、天草や長崎だけの話だと思っておりました。」 「わたしの親友のように苦界に売られ、労咳(肺結核)や梅毒で命を落とす者は少なくはありません。運が良ければ、わたしのように金持ちの家の養子となり、大学まで行かせて貰えるような子はごく僅かです。」 歳三は一旦言葉を切ると、悠子を見た。 「熊谷さんは、何故看護婦になろうと思ったのですか?」 「わたくしの祖父は、蘭方医をしておりました。その影響を受け、わたくしも医者になろうと決意したのですが・・父から、“女が医者にならずともよい。看護婦になれ。”と猛反対されまして・・」 「あなたの父君は、女であるあなたが医者になると世間様に顔向けが出来ないからそう言うことをおっしゃったのですね・・」 「ええ。今思えば、何て時代錯誤なことを言う人だろうと、わたくしは時折父を軽蔑しております。看護婦の仕事が、医者の仕事よりも劣っているなど、わたくしは一度も思ったことがありません。」 そう言った悠子の目には、強い意志が宿っていた。 「今日はご馳走様でした。」 「申し訳ありません、食事代まで払っていただいて・・」 「いいえ、あなたと会ったのも何かのご縁です。」 「先生、ではまた明日。御機嫌よう。」 「御機嫌よう、さようなら。」 喫茶店の前で悠子と別れた歳三は、自転車に跨って増谷家へと向かった。 「ただいま戻りました。」 歳三が玄関先で靴を脱いでリビングに入ると、ソファには恩谷医師が座っていた。 「恩谷先生、何故こちらに?」 「それは僕の台詞だよ、土方君。君は何故、ここに居るのだね?」 恩谷医師はそう言うと、歳三を睨んだ。 「土方先生は、僕がこの家に招待したのですよ。」 歳三と恩谷が睨み合っていると、リビングに増谷医師が入ってきた。 「増谷君、君は土方君と一緒に暮らしているのかい?」 「ええ、そうですよ。何か問題でも?」 「余所者と一緒に暮らすなんて感心しないな。一度家の中の物がなくなっていないか、確認した方がいいのではないか?」 「僕は土方先生が盗人のような真似はしないと、信じております。僕が土方君と一緒に暮らすような事になったのは、神様の思し召しですから。」 「ふん、下らん。僕はこれで失礼するよ。」 猜疑に満ちた目を歳三に向けた恩谷は、リビングのドアを乱暴に閉めて増谷家から出て行った。 にほんブログ村

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