イラスト素材提供:十五夜様
(何だ、これは・・)
原爆が投下され、命からがら今泉とともに彼の自宅から外へと出た歳三は、目の前に広がっている光景に目を疑った。
先ほどまで人や車が通り、賑わっていた街は、跡形もなく消えていた。
代わりに広がっているのは、膨大な瓦礫の山だった。
「土方さん、ここを離れましょう。」
「ええ・・」
今泉とともに、廃墟と化した街を歩きながら、歳三は道端で黒こげになって倒れている男とも女とも判らぬ遺体を見つけ、絶句した。
「すいまっしぇん・・」
突然背後で声がして、歳三が振り向くと、そこには顔が半分溶けている女性が立っていた。
恐怖のあまり歳三は女性から一歩後ずさると、彼女はか細い声でこう言った。
「水、水を・・」
歳三は近くにあった消火防水槽から柄杓で水を汲むと、その女性に水を飲ませてやった。
女性は歳三に頭を下げると、眠るように亡くなった。
その後、建物の陰からゾロゾロと全身が焼けただれた男や女、子供達が水を求めに歳三たちの元へとやって来た。
今泉と二人で歳三は被爆者たちに水をやっていたが、やがて二人で捌ききれなくなり、消防団の男達に協力を仰いで彼らに末期の水を与えた。
「今泉さん、ちょっと浦上に行ってきます。」
「わかりました。」
歳三は斎藤のことが気になって、彼が勤務している浦上病院へと向かった。
長い坂の上にあった浦上病院は、跡形もなく消えていた。
「斎藤、居ないのか!?」
瓦礫を掻き分けながら、歳三が斎藤を呼んでいると、見覚えのある懐中時計が自分の目の前に転がっていることに気付いた。
それは、歳三が斎藤に時尾との結婚祝いとして贈ったものだった。
「斎藤・・」
歳三がその懐中時計を拾い上げると、時計の針は原爆が投下された午前11時2分で止まっていた。
歳三は激しく嗚咽しながら、懐中時計を握り締め坂を下った。
千尋と歳三が再会したのは、長崎に原爆が投下されてから6日後の事だった。
そこで彼は、千尋から櫻子と顕人が死んだことを知らされた。
「あなた、申し訳ありません・・二人を守ることができませんでした・・」
「お前たちが無事なら、それでいい・・」
歳三はそう言うと、やつれた千尋を抱き締めた。
日本は戦争に負けた。
空襲で何もかもが焼け、人々は毎日生き抜くことで精一杯だった。
「母様、お腹空いたよ~!」
「ご飯~!」
「二人とも、我慢なさい。」
家を失った歳三たちは、急ごしらえで作ったバラックで暮らすことになった。
夏は中が蒸し風呂のように暑くなり、冬は冬で隙間風が吹きすさんで快適とは程遠い住環境だったが、雨風をしのげる家があるだけでもましだった。
凛子は体調を崩して寝込んでいる千尋に代わり、家事や弟たちの世話をしていた。
「済まないわね、凛子。あなたには辛い思いばかりさせてしまって・・」
「お母様、謝らないで。」
千尋の体調は回復するどころか、ますます悪化の一途を辿った。
歳三が千尋を病院に連れていくと、彼女が白血病に罹っていることがわかった。
「今すぐ入院してください。」
「わたくし、最期は畳の上で・・家族の元で死にたいのです。」
千尋はそう言うと、医師に入院させないでくれと懇願した。
1947(昭和22)年2月14日、千尋は歳三たちに看取られ、35年の生涯に幕を閉じた。
千尋の死後、歳三は独身を貫き凛子たちを男手ひとつで育て上げた。
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