※BGMとともにお楽しみください。
2013(平成25)年12月、長崎。
「土方さん、今日はお天気がいいですね。」
長崎市内にある老人ホームで、118歳となった歳三は、部屋の窓から紺碧の海を眺めていた。
鴎(かもめ)の鳴き声を遠くで聞きながら、歳三はサイドテーブルの上に置かれている千尋の簪を手に取った。
「それは、奥様の簪ですか?」
「もうあいつが亡くなってから66年にもなるが、この年になるとあいつが恋しくて堪らなくてねぇ・・」
「今日は少し温かいですし、散歩に行きましょうか?」
歳三はベッドから降りると、介護士に身体を支えられながら杖をついて部屋から出て中庭へと向かった。
「ここから見る長崎の街は絶景だねぇ。」
「そうですねぇ。」
歳三はふと、窓ガラスに映る自分の姿を見た。
若い頃とは違い、張りと艶があった肌は皺だらけになり、白内障に罹った両目は徐々に視力を失いつつあった。
だが歳三は、中庭のバルコニーから美しい長崎の街を眺めながら、幸せだった頃の事を思い出していた。
「山田さん、ちょっと~」
「暫くここで待っていてくださいね。」
冷たい北風が自分の頬を撫でるのを感じた歳三は、そっと目を閉じた。
―あなた
何処からか誰かが自分を呼ぶ声が聞こえ、歳三が目を開けると、そこには病で死んだはずの千尋が自分の前に立っていた。
―あなた、わたくしとともに参りましょう。
千尋は歳三にそう言うと彼に優しく微笑んだ。
―子供達のことをわたくしの分まで育ててくださって、有難うございました。
「千尋、やっと迎えに来てくれたんだなぁ。」
歳三は千尋の手を握ると、椅子から立ち上がった。
海の向こうには、信子たちや篤俊、遼太や総司が笑顔で歳三と千尋に向かって手を振っていた。
「みんな、すぐ行くよ。」
歳三の魂は、千尋とともに天から射す光の中へと消えていった。
『7日午後3時頃、医師で作家だった土方歳三さんが長崎市内の老人ホームで老衰のため亡くなりました。118歳でした。』
歳三の葬儀は浦上天主堂で執り行われ、200人余りの参列者たちは歳三の冥福を祈った。
「お父様は漸く、お母様と会えたのねぇ・・」
91歳になった凛子は、真新しい歳三の墓に赤い薔薇の花束を供えると、真冬の青く澄み切った空を見上げた。
―了―
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