「行って来ます!」
「陸君、お弁当忘れてるよ!」
「ありがとう、千尋さん。」
「ったく、陸の奴いつも騒がしいなぁ。」
陸が出て行った後、寝室から出て来た歳三がそう言って欠伸を噛み殺しながら椅子に座った。
「お熱、少し下がったみたいですね?」
「ああ。お前ぇの看病のお蔭だ。」
歳三は千尋に微笑むと、彼の唇を塞いだ。
「やめてください・・」
「いいじゃねぇか、誰も見てねぇんだし。」
「もう、歳三さんったら・・」
千尋は頬を羞恥で赤く染めながら、歳三を見た。
歳三と結婚式を挙げ、男同士でありながら夫婦として暮らし始めてから、もう二ヶ月になる。
歳三はまるで急に子どもに戻ったかのように、時折千尋に甘えてくる。
「なぁ、今日は一日中家に居てくれよ?」
「それは出来ません。」
「そんな事言うなよぉ。」
歳三がそう言って千尋に抱きついていると、マンションのエントランスから来客を告げるチャイムが鳴った。
「あなたはお部屋で寝ていてください。」
「わかったよ・・ったく、お前ぇ最近冷てぇよなぁ?」
歳三は小声で千尋に文句を言いながら、寝室へと引っ込んでいった。
千尋がインターホンの画面の電源を入れると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。
「あの、どちら様ですか?」
『すいません、わたしこういう者なんですけど・・』
男はそう言うと、写真付きの警察手帳を見せた。
「刑事さんが、うちに何のご用ですか?」
『実はねぇ、数日前にこのマンションの12階に住む太田さんが殺された事件で、このマンションの住民に話を聞いているんですよ。すいませんが、少しお時間いただけないでしょうか?』
刑事の言葉を聞いた千尋は、数日前にこのマンションで起きた殺人事件のことを思い出した。
あの日、休みだった千尋がベランダで洗濯物を干していると、突然外が騒がしくなった。
「なんだよ、うるせぇなぁ・・」
リビングのソファに寝ていた歳三が、そう言って舌打ちしながらベランダに出て外の様子を見ると、マンションのエントランス前には数台のパトカーが停まっていた。
「何かあったのでしょうか?」
「さぁ。また、酔っ払いが騒いでたんじゃねぇのか?最近、ここら辺でそういうの、多いみたいだぜ?」
「そうですか・・」
その時、千尋と歳三は住民の誰かが泥酔して騒ぎを起こしたのだろうと思い、そのまま何の気にも留めなかった。
マンション内で殺人事件が発生したことを二人が知ったのは、その日の夕方だった。
「まさかここで殺人事件が起きるなんてなぁ・・」
「物騒ですね。」
「ねぇお父さん、うちにも刑事とか来るのかな?ほら、よくサスペンスドラマであるでしょう、厳つい顔をしたスーツ着たおじさんが、ドア越しに警察手帳ちらつかせたりする・・」
「あるんじゃねぇの?まぁ、お前ぇは学校があるから刑事には会えないな!」
「何だ、つまんないの!」
インターホン画面越しに刑事の姿を見ながら、千尋は思わず歳三達の会話を思い出して笑ってしまった。
『どうしました?』
「いえ、何でもありません。少し待って頂けますか?部屋の中が少し散らかっているので、片付けたいんです。」
『わかりました。』
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