「死ねぇ!」
歳三の背後で野太い男の声がしたかと思うと、彼の顔を金属バッドが掠めた。
「てめぇか、陸を殴ったのは!?」
「あのガキ、前から目障りだったんだよ!」
黒の目出し帽を被った男はそう叫ぶと、歳三に襲い掛かって来た。
狭い工場内を逃げ惑いながら、歳三は男に反撃する機会を狙っていた。
「隠れているのはわかっているんだ、出て来い!」
歳三が工場の二階に置いてある資材の陰に隠れていると、男が鉄の階段を上がって来る音が聞こえた。
警察に通報しようとした彼が携帯を取りだした時、男が歳三の手から携帯を取り上げた。
「見つけたぞ。」
そう言って自分に笑みを浮かべる男の手には、バタフライナイフが握られていた。
歳三は男の隙を突いて、彼に近くに置いてあったゴミ箱を投げつけた。
「畜生、舐めた真似しやがって!」
怒気を孕んだ声でそう言った男は、鉄パイプで自分と応戦する歳三の右腕をナイフで切りつけた。
男のナイフで右腕を切られた歳三は、痛みに呻いた。
「これで、おしまいだ!」
男は地面に蹲った歳三に向かって、バタフライナイフを振り下ろそうとした。
だがその時、何処からともなく低い唸り声が聞こえたかと思うと、サッと黒い影が歳三の傍を通り過ぎた後、男が苦悶の悲鳴を上げた。
歳三が男の方を見ると、男の顔に一匹の黒猫が覆い被さり、鋭い爪を男の顔に突き立てていた。
「この野郎、ぶっ殺してやる!」
男がバタフライナイフで猫を刺そうとしたので、歳三は男に体当たりを喰らわした。
バランスを崩した男は、黒猫が顔に覆い被さったまま階段から転げ落ちた。
歳三が階段を降りて一階に向かうと、そこには地面にのびて気絶している男と、男の傍で毛繕いをする黒猫の姿があった。
「お前のお蔭で助かったよ、ありがとう。」
歳三がそう言って黒猫の頭を撫でると、黒猫は嬉しそうに喉を鳴らした。
「土方さん、ここに居たのかい!」
「江田さん、どうしてここに?」
「いやぁ、さっきね、あんたが廃工場に向かっているところを見かけてさ、その後こいつが土方さんを尾行していたから、おかしいなぁって思ってこいつのことをつけていたんだよ。」
「こいつが、陸を殴った犯人です。」
「こいつはぁ・・金田の倅じゃねぇか!」
男から目出し帽を剥ぎ取った江田は、そう叫ぶとポケットから携帯を取り出した。
「もしもし、警察ですか?あのねぇ、さっき廃工場で土方陸君を殴った犯人を捕まえたんですが・・」
数分後、陸を鉄パイプで殴った金田紘一は、警察に逮捕された。
「よかったねぇ、土方さん。陸君を殴った犯人が捕まって。」
「ええ・・」
歳三が陸の自転車に跨って自宅マンションに帰ろうとした時、自転車の前かごに黒猫が飛び乗って来た。
「お前ぇは家には連れて行けねぇんだよ、悪いな。」
歳三はそう言って黒猫の首根っこを掴もうとすると、黒猫は低く唸って歳三に威嚇した。
「わかったよ。」
「お帰りなさい、歳三さん。その猫は?」
「陸が餌をやっていた野良猫だ。こいつらに餌をやっている時、陸を殴った犯人に襲われそうになったんだ。でも、こいつが俺を助けてくれたんだ。」
「命の恩人なのですね、この猫ちゃんは。」
千尋がそう言って黒猫を撫でると、黒猫は嬉しそうな声で鳴いた。
「なぁ千尋、こいつ飼ってもいいかな?」
「どうでしょう・・わたしの一存では決められませんからね・・」
「そうだなぁ・・」
千尋と歳三がそんな話をしていると、ダイニングテーブルに置かれている千尋の携帯がけたたましく鳴った。
『千尋ちゃん、陸君の意識が戻ったよ。』
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