「・・子どもが出来たら、あの人は変わってくれると信じていました。」
切迫流産で入院した鈴木葉瑠(すずきはる)は、そう言うと丸岡刑事を見た。
「・・事件があった日の事を、詳しく話してくれませんか?」
「はい・・」
事件当日、葉瑠は太田に彼の子を妊娠したことを告げると、彼は突然烈火の如く怒りだし、その辺に置いてある物を片っ端から葉瑠の腹に向かって投げつけたという。
「“ガキなんか欲しくない、金はやるから堕ろせ”って・・わたしは彼に産みたいと言いました。赤ちゃんが生まれれば、彼もきっといい父親になってくれるだろうって・・そう思っていたのに・・」
命の危険を感じた葉瑠は、キッチンの近くに置いてあった金属製の花瓶で太田の後頭部を殴った。
そして、太田は絶命した。
「最初、彼は気絶した振りをしたと思っていました。でも、彼は死んでいて・・」
葉瑠はそう言葉を切ると、唇を微かに震わせた。
「鈴木さん、あなたは罪を償って、人生をやり直してください。」
「刑事さん、赤ちゃんはどうなります?わたし、この子を育てたいんです。」
葉瑠はそっと下腹を撫でると、丸岡を見た。
「刑務所内で出産できますが、赤ちゃんは養護施設で育てられることになるでしょうね。」
「そんな・・」
「あなたは、殺人を犯したんだ。その罪を一生背負っていかなければなりません。」
「わたし、何て馬鹿なことを・・」
葉瑠はそう言うと、両手で顔を覆った。
一方、歳三と千尋は、陸の病室へと向かった。
「もう大丈夫か、陸?」
「うん、大丈夫。ねぇお父さん、僕を襲った犯人は捕まったの?」
「ああ。それに、殺人事件の犯人も捕まった。」
「ねぇお父さん、ひとつお願いがあるんだけど・・」
「何だ?」
「猫、飼ってもいい?」
「飼ってもいいが、死ぬまで面倒を見られるか?」
「見られるよ。」
「動物を飼う事は、簡単な事じゃねぇぞ。わかったな?」
「うん、わかった。」
「陸君、元気そうで良かったですね。」
「ああ・・」
病院の帰りに寄ったホームセンターのペットコーナーで、千尋と歳三は猫用のトイレやキャリーバッグ、キャットフードをカートの上に載せた後、レジに並んだ。
「猫の名前、どうします?」
「それは、陸につけて貰う。飼い主はあいつだからな。それより千尋、マンションの管理組合には話をしたのか?」
「ええ。管理人さんは、他の住民達に迷惑を掛けないのなら飼っていいと・・」
「そうか。」
一週間後、退院した陸がマンションの部屋に入ると、そこには部屋の新しい住人となった黒猫が彼を出迎えた。
「ジュリー!」
陸が黒猫の名を呼ぶと、黒猫は嬉しそうに鳴いて陸の足元に擦り寄って来た。
「こいつ、メスなのか?」
「うん。ねぇお父さん、ジュリーと遊んでいい?」
「いいよ。」
「やったぁ!」
歳三がキッチンで夕飯の支度をしていると、玄関のインターフォンが鳴った。
「はい、どちら様ですか?」
『すいません、わたし新宿署の丸岡と申します。少しお時間、頂けますか?』
「はい、どうぞ・・」
数分後、部屋に有名洋菓子店の紙袋を提げた丸岡刑事が部屋に入ってきた。
「すいません、散らかっていて・・あの、今日は何の用でこちらに・・」
「こちらのマンションで起きた殺人事件の、犯人が判りました。」
にほんブログ村