「女が壬生寺の境内に?」
「ええ、あの灯篭のところに居りました。」
千尋がそう言って女が立っていた場所を指すと、そこには女の姿は既になかった。
「おかしいな、さっきはあそこに居たのに・・」
「荻野君、女の事は屯所に戻ってから話しましょう。」
「はい、沖田先生・・」
千尋は首を傾げながら、総司とともに洛中へと向かった。
―壬生狼や・・
―早う京から去ね・・
洛中を巡察していると、町民たちの冷たい視線が千尋達を刺した。
浅葱色の山形模様の揃いの羽織を着た彼らは、遠くから見てもかなり目立っていた。
町民たちは、江戸からやって来た田舎侍達に対して悪感情を抱いていた。
「沖田先生、先ほどから視線を感じるのですが・・」
「余り気にしないほうがいいですよ。わたし達は芹沢さんの所為ですっかり京の人々から嫌われていますからねぇ。」
「そうですか・・」
芹沢達水戸派は、最近軍資金集めと偽り、商家から押し借りを繰り返してはその借金を踏み倒していた。
更に、島原の角屋で芸妓の髪を断髪させ、営業停止にさせるなどの暴挙を働いた。
「沖田先生、芹沢局長は最近巡察にも出てきておりませんが、一体どうなさったのでしょうか?」
「芹沢さんは、京の治安を守るよりも、お梅さんと遊んでいる方が楽しいんでしょう。」
総司は嫌悪で顔を歪めながら、吐き捨てる様な口調でそう言うと、千尋に背を向けて再び歩き出した。
芹沢が借金の取り立てに来た商家の妾に乱暴を働き、その女を自分の妾にしたことは千尋達平隊士の間でも周知の事実である。
芹沢は商家から押し借りした金を、お梅という妾の着物代に使っていた。
そのお梅は、芹沢という強力な後ろ盾があるからか、近藤達試衛館派には尊大な態度を取り、彼らからは蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われていた。
「土方さん、あの女は芹沢さんの威を借りて好き放題していやがるぜ。」
「そうだよ、あの女と芹沢さん達とどうにかしないと、会津藩が俺達のことを見限るかもしれないぜ?」
副長室にやって来た藤堂平助と永倉新八は、芹沢達の素行の悪さを歳三にぶちまけた。
「平助、新八、お前らは何も心配するんじゃねえ。芹沢さん達のことは、俺と近藤さんが何とかする。」
「何とかするって・・具体的にはどうするんだ?」
「それはまだお前らには話せねぇ。だが、策は考えてある。」
「そうか・・忙しいのに、邪魔をして悪かったな。」
「お前ら、必ず門限までには屯所に戻れよ。」
「わかった。」
歳三は平助達が副長室から出て行くのを見た後、溜息を吐いて書類仕事の手を休めた。
(芹沢さんを、どうにかしねぇとな・・)
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