「あき子様、遅れてしまいまして申し訳ありませんでした。」
「美鈴、あき子様の隣に座りなさい。」
「はい、父上。」
助睦に言われるがまま、美鈴はあき子の隣に腰を下ろした。
「あき子様、突然いらっしゃるなんて思いませんでしたわ。」
「あなた、最近宮中で流れている噂の事を聞いていて?」
「ええ・・」
「梨壺の方に何かあったら、いつもお母様が悪者にされるのよ。悔しいったらありゃしない!」
あき子はそう言って手に持っていた扇を乱暴に閉じた。
「美鈴、あなた入内した後、何処の女御様にお仕えするのか決まっていて?」
「いいえ。」
「ならば、弘徽殿に仕えなさいな。そうすれば、一日中わたくしと一緒に居られるでしょう?」
「考えておきますわ。」
そう言ってあき子を見た美鈴は、彼女から顔をそらした。
美鈴とあき子は歳が近いこともあり、幼い頃から仲良くしていたが、美鈴は最近あき子の高慢な態度が鼻につくようになり、彼女を避けるようになった。
「あき子様、そろそろお戻りになりませんと。」
「ええ、わかったわ。美鈴、今日はあなたと久しぶりに会えて嬉しかったわ。また弘徽殿で会いましょう。」
「あき子様、さようなら。」
傍仕えの女房とともに寝殿から出て行ったあき子の背中を見送った美鈴は、深い溜息を吐いた。
「父上、わたくしの入内は・・」
「呪詛騒動がこのまま収まらぬと、お前の入内話も白紙に戻ることになりそうだ。」
「それでもよいと、わたくしは思っております。」
「馬鹿な事を申すな!」
助睦から突然怒鳴られ、美鈴は恐怖で身体を震わせた。
「父上・・」
「今までそなたを女として育ててきたのは、何の為だと思っているのだ!」
「一体何のお話をされているのですか、父上?」
「済まぬ、わたしとしたことがつい興奮してしまった。美鈴、もう部屋に戻れ。」
「わかりました。」
数日後、美鈴が女房達と碁に興じていると、霧の方が部屋に入って来た。
「北の方様。」
「美鈴、明日お前を入内させることに決まったぞ。喜びなさい。」
「まぁ・・」
「お前達も、明日の為に準備をぬかりなくするように。」
「はい、北の方様。」
梨壺の呪詛騒動が収まらないうちに、美鈴は宮中に入内することになった。
「ねぇせり、何だか妙だとは思わない?梨壺の呪詛騒動が収まるまで、わたくしの入内は延期された筈ではなくて?」
「何故姫様の入内が早まったのか、わたくしにはわかりません。それよりも、明日の為によくお眠りになった方がよろしいかと思います。」
「そうね。おやすみ。」
美鈴が眠った後、寝殿には霧の方と弓の方、助睦が集まり、美鈴の入内について話し合っていた。
「殿、呪詛騒動が収まらぬ宮中にあの子を入内させるなど、正気ですか?」
「これはわたくしと殿が決めたこと。側室であるそなたが口を挟む資格はありませんよ。」
「わたくしはあの子の母親ですよ!」
「そなた、北の方であるわたくしに逆らうつもりか!?」
霧の方がそう言って弓の方を睨みつけると、彼女はさめざめと泣きだした。
「美鈴はこれから魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する宮中でやっていけるのかしら・・純粋なあの子が、心配でなりませんわ。」
「そなたが心配しなくとも、あの子はしたたかな子だ。母親のそなたに似て、宮中でもうまくやっていけるだろうよ。」
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