「ねぇ淡路、宣耀殿について何か噂を聞いていて?」
「そういえば、あそこでは何年か前に、一人の女房が庭の木で首を吊って死んだという噂がありますよ。何でもその女房は、道ならぬ恋に敗れ、夜な夜な男に対して呪詛の言葉を吐きながら彷徨っているとか・・」
「まぁ、怖いわね。お前の話を聞いて、噂が本当なのか確かめてみたくなったわ。」
「いけません、姫様!」
入内した日の夜、美鈴は淡路を連れて宣耀殿の中庭へと向かった。
そこは華やかな後宮の中で一際荒れ果て、すぐにでも女の亡霊が出てきそうな気配がした。
「姫様、お戻りになりませんと・・」
「少し確かめるだけよ。」
「ですが・・」
「何だか陰気な所ね。すぐにでも幽霊が出てきそうだわ。」
美鈴はそう言うと、道ならぬ恋に敗れた女が首を吊ったといわれている木を見た。
ここには、本当に女の霊が彷徨っているのだろうか。
美鈴がそっと木の前に立つと、突然強い風が吹いた。
「姫様、何やら不吉なものの気配がいたします。」
「もう戻りましょう。宮中の噂話なんて、所詮嘘なのね。」
淡路とともに宣耀殿から出ようとした美鈴は、突然何者かに手を掴まれた。
「淡路、何処に居るの!?」
「わたくしはここに居りますよ、姫様。」
淡路は自分の前に立っている。
では、自分の手を掴んでいる者は一体誰なのだろう?
「そなた、ここで何をしておる!」
「きゃぁ!」
背後から突然何者かに肩を叩かれ、美鈴が悲鳴を上げて振り向くと、そこには白の直衣を着て烏帽子を被った男が立っていた。
「驚きました・・女の幽霊がわたくしの手を掴んだのかと・・」
「ここには陰の気が満ちている。迂闊に立ち入ってはならぬ。」
「まぁ、ご忠告有難うございます。」
「そなた、もしや立花家の姫か?」
「ええ、そうですが・・あなた様は?」
「わたしは陰陽寮の安倍光明だ。早くここから出ろ。」
「姫様、早く桐壺に戻りましょう。」
「ええ、わかったわ。」
桐壺に戻った美鈴は、そのまま御帳台の中に入って寝た。
「安倍様、さっき桐壺女御様からの使いで文が届きました。」
「桐壺女御様から?」
「はい。」
桐壺女御からの文を受け取った光明は、その文に目を通すと、そこには衝撃的な事実が書かれていた。
「どうされましたか、光明様?」
「明憲、支度を手伝ってくれ。桐壺に行ってくる。」
「わかりました。」
桐壺に行った光明は、そこで女御と初めて対面した。
「女御様、お初にお目にかかります。光明と申します。」
「そなたが、次期陰陽頭と目される安倍光明か。今宵そなたを呼び出したのは、少し込み入った用があるからじゃ。」
「込み入った用とは?」
「そなたたちは、もう下がるがよい。」
「はい、女御様。」
桐壺女御つきの女房が退出し、光明は女御と二人きりになった。
「これで内緒話が出来るな。」
そう言うと桐壺女御は、口端を歪めて笑った。
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