「美鈴と二人きりで話したいことがある故、そなたたちはもう下がれ。」
「はい、女御様。」
女房達が局から出て行き、咲子は美鈴と二人きりになった。
「そなたは、主上(おかみ)の亡き兄君に似ておる。」
「主上に、兄君様がおられたのですか?」
「ああ。とても優秀な方だったが、謀反の疑いを掛けられ流刑先で自害した。」
「まぁ、そのような事が宮中で起きていたなんて、信じられませんわ。」
「宮中では他人の足元を掬う事ばかり考えている連中が多い。己のためならば他人を陥れても良心の呵責を感じぬ者がおる。」
「では女御様、主上の兄君様はそのような者達によって陥れられたとお考えでございますか?」
「ああ、そうじゃ。あの方は優秀な方であったが、お優し過ぎたところがあった。他人の讒言(ざんげん)に惑わされ、流刑に処された。」
咲子はそう言うと、宏昌が流刑になった時の事を思い出していた。
「何故です?何故わたくしが謀反などを起こそうとお思いになっておられるのですか、父上!」
「そなたは聡い男じゃ。その聡さがいずれこの日の本に災いを齎(もたら)すことがあると、ある者から忠告されたのじゃ。」
宏昌は、実の父親である先代の帝に謀反の疑いを掛けられ、流刑に処された。
宮中では宏昌を次の帝に推す者達と、宏昌の弟君である今の帝を推す者達との間で権力闘争が起きていた。
宏昌が流刑に処されたのは、彼を宮中から追放しようとする者達の陰謀だったのではないか―そんな噂が一時期宮中に流れたことがあった。
しかし宏昌が流刑先の佐渡で自害したことにより、真相は闇の中に葬られた。
宏昌と男女の仲にあった桐壺女御は、宏昌との子を腹に宿していた。
もしその時の子が生きていたら、男女関係なく美鈴のように美しく成長している筈だ。
「女御様、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。美鈴、宮中での生活には慣れたか?」
「ええ。桐壺女御様にはよくしていただいております。」
「そうか・・」
咲子はそう言うと、そっと美鈴の手を握った。
すると、彼女は美鈴の手首に巻かれている水晶の腕輪を見つけた。
「それは、どうしたのじゃ?」
「ああ、これは光明様から頂いた物です。」
「そうか・・」
光明から水晶の腕輪を貰った美鈴に、咲子は一瞬嫉妬してしまった。
「女御様、主上がお越しになられます。」
「そうか。」
咲子が美鈴とともに帝を出迎えると、彼は美鈴の顔をじっと見つめた後、こう言った。
「兄上に良く似ている・・もしやそなた、あの時の子か?」
「主上?」
「わたしは、あの時ああするしかなかった・・兄上を流刑に処さなければわたしの身が危ないと、あやつらに唆されて・・」
帝の異変に気づいた咲子が彼の元へ寄ろうとしたとき、突然帝は両手で頭を抱えて倒れた。
「主上、しっかりなさいませ!」
「誰か、薬師を呼べ!」
梨壺で帝が原因不明の病に倒れたという知らせを受け、光利と光明が帝の寝所に向かうと、帝は御帳台の中で高熱に魘(うな)されていた。
「一体主上に何があったのですか?」
「わかりませぬ。ただ、立花家の姫を見た途端、突然両手で頭を抱えて苦しみだして・・」
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