光明が忽然と姿を消したことを知り、咲子は自分の前に座っている帝の顔が曇っていることに気づいた。
「主上、どうかなさいましたか?」
「いや・・」
「あの安倍光明ならば、きっと無事に帰ってくることでしょう。」
「そうだな・・」
(光明、無事に帰って来てくれ・・)
陰陽頭である光利が何者かの呪詛によって倒れ、陰陽博士である光明が自宅から失踪したことにより、陰陽寮は大混乱に陥っていた。
「光利様がこのまま死んでしまったら、陰陽寮はどうなってしまうのだろう?」
「止めろ、縁起でもない事を言うな!」
「でもさぁ・・」
陰陽生たちがそんな話をしながら仕事をしていると、そこへ天文博士の土御門安人が通りかかった。
「どうした、お前達。何を騒いでいる?」
「安人様・・」
陰陽生達から光利が倒れたことを知った安人は、すぐさま安倍邸へと向かった。
「安人、来てくれたのか。」
「叔父上、光利の様子は如何ですか?」
「余り芳しくない。それに、光明が邸から姿を消した。」
「光明が?彼の行くところに何処か心当たりがおありですか?」
「わからぬ。」
光安はそう言うと、溜息を吐いた。
「光利が倒れたのは、何者かがあいつに呪詛を掛けたことがわかっておる。」
「そうですか・・」
「だが、光利に呪詛を掛けた者がわからぬ。安人、その者を探し出してはくれまいか?」
「わかりました。」
安倍邸を後にした安人が帰宅すると、彼の帰りを使用人たちが出迎えた。
「お帰りなさいませ、安人様。」
「父上は?」
「お館様でしたら、寝殿におられます。」
安人が寝殿に向かうと、そこでは父が継母と酒を酌み交わしていた。
「父上、只今戻りました。」
「安人、遅かったな。どこに行っておった?」
「安倍家に行き、光利の容態を聞いてきました。」
「そうか。」
「安人、そなたに良い縁談があります。」
「またそのお話ですか、義母上。」
安人はそう言うと、不快そうに顔を顰めた。
「そなたもいい年だ。そろそろ身を固めぬとな。」
「相手は自分で選びます。」
「まったく可愛げがないこと・・」
寝殿から出て行く義理の息子の背中を睨みつけた安人の義母・梅の方はそう言うと溜息を吐いた。
「まぁ、あいつにはあいつの考えがあるのだから、暫く放っておいてやれ。」
「殿はあの子に甘すぎます。大体あの子は、わたくしにいつも反抗的な態度を取ってばかり・・」
「それはそなたがあいつに干渉するからだ。もうあいつは子供ではないのだから、放っておいてやった方がいい。」
「ですが・・」
梅の方がそう言って夫を見ると、彼は少し眠そうな顔をしていた。
「少し飲み過ぎたようだ。」
「そうですか。」
夜が更け、光明が目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中ではなく、何処かの民家のようだった。
「お目覚めでしたか。」
「そなたは・・」
「わたくしは瑠璃と申します。」
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