「光利様、わたしに話したいこととは何でしょうか?」
「単刀直入に聞くが、光明に呪詛を掛けたのはお前ではないのか、実篤?」
「何故、わたしがそのようなことを・・」
「お前があの父親の所為で苦しんでいることを、わたしは知っている。」
光利がそう言って実篤を見ると、彼は酷く狼狽していた。
「わたしは、次期当主の座など望んでなどいない。それなのにあの人は、勝手にわたしが次期当主の座につくと思い込んでいて・・」
実篤が抱える苦悩が、光利は手に取るようにわかった。
幼少のころから優秀な自分達と比較され続け、劣等感を抱えながら生きてきた実篤。
それとは対照的に、宮中で活躍し、注目されている光明。
「わたしは、いつの間にか光明様にとんでもないことをしてしまった・・」
「実篤、今ならまだ間に合う。」
俯き涙を流す実篤の背を、光利はそっと押した。
「光利様・・」
「犯した過ちを悔やむよりも、これ以上自分の良心を裏切るようなことをしてはならぬ。」
「わかりました。」
実篤は光利と別れると、親族たちが集まっている寝殿に入った。
「実篤、光利と何の話をしておったのだ?」
「父上、光明に呪詛を掛けたのはわたしです。」
「何だと、それは本当なのか!?」
「はい。父上、わたしと親子の縁を切らせてください。もうわたしは、安倍家の者ではありません。」
「何故、そのようなことを・・」
「父上、もうわたしを解放してください。わたしは、安倍家の次期当主にはなれません。」
「実篤・・」
親族たちの前で光明に呪詛を掛けたことを告白した実篤は、安倍家から追い出されることになった。
「光明、気分はどうだ?」
「少しよくなりました。実篤は、何処に?」
「あいつは、安倍家から出て行った。」
「そうですか・・あいつには、悪いことをしてしまった・・」
「自分を責めるな、光明。今は自分の事だけを考えろ。」
実篤が掛けた呪詛が解け、光明は光利とともに宮中へと向かった。
「光明様、久しいですね。」
「あなたは、確か美鈴様の・・」
「淡路と申します。姫様が、あなた様にお会いしたいとおっしゃっております。」
「わかりました、すぐに参ります。」
二人が桐壺へと向かうと、そこは内装や女房の装束に至るまですべて黒で統一されていた。
「光利様、光明様、お久しぶりでございます。」
美鈴はそう言うと、二人に向かって頭を下げた。
「美鈴様、お元気そうで何よりです。わたくし達を呼んだのは、どういうご用件でしょうか?」
「実は、梨壺女御様が・・」
「梨壺女御様が、どうされたのですか?」
「桐壺女御様がお亡くなりになられて、梨壺女御様はご自分がお産みになった皇子様が東宮になれないのではないかと不安になっておられます。」
「だからこうして、わたし達を呼んだというわけですね。」
「はい。」
「梨壺女御様はどちらにおられますか?」
「梨壺女御様は体調を崩されて、宇治の別邸におられます。」
「そうですか・・」
その日の昼、光利と光明は、美鈴とともに梨壺女御に会う為に、宇治へと向かった。
それが罠であることを、その時は誰も知る由もなかった。
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