「誰にも、わたくしの邪魔をさせないわ!」
梨壺女御・咲子は鞭のような髪を三人に向かって次々と放った。
光明が太刀でその髪を切ろうとしたが、その髪はまるで鋼のようにできており、太刀の刃が折れてしまった。
「光明、退け!」
光利は懐から壜のようなものを取り出すと、その中にたまっていた液体を咲子に向かって撒き散らした。
彼女は悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
彼女の両目から、煙のようなものが上がっていた。
「兄上、これは何ですか?」
「これは聖水だ。西洋で魔物を祓うものに使われているといわれているが、鬼祓いでも使えるらしいな。」
「そうですか・・」
「光明、これを使え。」
「有難うございます。」
光利から太刀を受け取った光明は、その太刀で咲子へと突進した。
「いやだ・・ひとりはもういやだ・・」
呻きながら、咲子はそう言うと鬼から美女の顔へと戻った。
その美しさは以前のものとまったく変わらぬものだったが、その姿が偽りのものであるということを光明は知っていた。
「お願い、わたしを殺さないで・・」
「黙れ。」
光明は太刀で咲子の首を切断した。
「終わりました、兄上。」
「そうか・・」
光利がそう言って咲子の首を見ると、死んだ筈の咲子の目が開いた。
「う、うぅ・・」
「さようなら、女御様。」
光利は聖水を高く掲げると、それを頭から咲子に浴びせた。
断末魔の悲鳴が上がり、咲子は息絶えた。
「光明様、女御様は?」
「鬼は倒した。」
「そうですか・・」
美鈴はそう言うと、咲子の首が転がっている場所を見た。
「もう行きましょう美鈴様、ここにわたしたちが居る必要はありません。」
「ええ・・」
雪が降る中、美鈴達は荒れ果てた宇治の別邸を後にした。
「これから、わたしたちはどうなるのでしょう?」
「それは、誰にもわかりません。」
「そうですね・・」
「美鈴様、あなたは自分で己の人生を切り開けばよいのです。」
咲子と彼女が産んだ皇子が死に、東宮となる者が居なくなった宮中では、皇太后である帝の母が、帝に思わぬ提案をした。
「光明よ、そなたの兄の遺児である光明という男がおるだろう?その男を、東宮の座に就かせてはどうじゃ?」
「母上、何をおっしゃいます。光明は、東宮としての人生など望んでなどおりませぬ。」
「そなた、何を言う?このままでは、日本は滅びてしまうのだぞ?」
「母上・・」
「妾が何のためにそなたを帝にしたと思うておる。」
光明帝の母である皇太后・信子は、そう言うと帝の手を取った。
「妾の望みは、そなただけなのだ。」
にほんブログ村