「沖田先生!」
「荻野君、君までそんな顔をして来るなんて・・」
千尋が総司の部屋に向かうと、その部屋の主は懐紙で口元を押さえながら千尋に向かって優しく微笑んだ。
「血を吐かれたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」
「ええ。少し落ち着きました。それよりも荻野君、あなたにひとつお願いがあるんです。」
「お願い、ですか?」
「ええ。もしわたしがこのまま死んだら、その時は土方さんの事をお願いしますね。」
「沖田先生、そんな縁起でもないことをおっしゃらないでください!」
千尋がそう言って総司を見ると、彼はそっと千尋の手を握った。
「わたしはもう長くないのです。土方さんは冷酷に見えますけど、本当は優しい人なんですよ。」
「副長は、どちらに?」
「さっき、わたしの部屋に来て、今にも泣きそうな顔をしてわたしを見ていましたよ。」
「そうですか・・」
「荻野君、あなたにしか頼めないことなのです。」
「わかりました。」
「有難う、荻野君。」
総司は、再び千尋に優しく微笑んだ。
「副長、失礼いたします。」
「入るんじゃねぇ。」
千尋が副長室に入ると、歳三は文机に顔を伏せて座っていた。
「どうかなさいましたか?」
「何でもねぇよ。」
千尋が歳三の顔を覗き込むと、彼は涙を流していた。
「怖いんだ・・総司が、いつか俺の前からいなくなっちまうんじゃないのかと思うと、怖くて仕方がねぇんだ。」
「副長・・」
「総司とは、江戸の試衛館で一緒に飯を食っていた頃からの仲だった。俺は、総司の事を本当の弟のように可愛がってきたんだ。」
千尋は何も言わずに、歳三の話を黙って聞いていた。
「あいつが血を吐いた時、俺はあいつが死ぬんじゃないかと思って怖くて仕方がなかった。」
「副長・・さっき、沖田先生にお会いしました。」
「あいつはお前に何と言っていた?」
「もし自分が先に死んだときは、副長の事をわたくしに頼みたいと・・そうおっしゃって・・」
「あいつ、余計な事を言いやがって・・」
歳三はそう呟くと、手の甲で乱暴に涙を拭った。
「先生、あのままあいつを放っておくのですか?」
「瑠璃、荻野君はきっとわたし達の仲間になるよ。」
桂はそう言うと、顰めっ面をしている自分の小姓を見た。
「何故です?」
「荻野君は、何処かわたしに似ているからね。」
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