「千尋君を救えるのは、臓器移植しかありません。」
「では、わたし達が千尋に肺を移植します!」
「申し訳ありませんが、千尋君の肺の型と、ご両親の肺の型は一致しませんでした。」
「そんな・・」
千尋の養母・育子はハンカチを口元に押し当てて泣いた。
「わたし達は、あの子が死ぬのを待つしかないのですか?」
「まだ希望はあります。」
千尋の主治医はそう言って彼の養父母を励ましたが、彼らは自分達の息子が死んでしまうという残酷な現実を突きつけられ、途方に暮れていた。
「土方さん、お久しぶりね。」
「お久しぶりです、荻野さん。」
病院内にあるレストランで、歳三と真紀は荻野夫妻と半年ぶりに会った。
「千尋が助かる方法は、臓器移植しかありませんと、さっき主治医の先生から言われました。」
「そうですか。」
「わたし、これからどうすればいいのかわかりません・・あの子がわたし達の前からいなくなるなんて思ってもみなかったから・・」
育子の言葉を、真紀は黙って聞いていた。
「俺が、あいつに肺を移植したら、あいつが助かるのに・・」
「それは駄目だ。」
「どうしてですか?」
「千尋はお前にスケートをして欲しいと思っている筈だ。お前があいつの為に滑ったあのフリープログラムでの演技に込められた想いは、あいつにちゃんと届いていた。」
歳三はそう言うと、震えている真紀の手を握った。
「千尋は必ず、俺達の元に帰って来る。」
「はい・・」
「少しお腹空いちゃったから、何か頼みましょう。」
「そうですね。」
四人が昼食を取っていると、彼らが座っているテーブルへ琴子の母親がやって来た。
「歳三君、お久しぶりね。」
「お義母さん、どうしてこんな所に?」
「琴子が、事故に遭ってこの病院に運ばれたの。でも、あの子は助からなかった・・」
「お悔やみを申し上げます。」
「有難う。これを、あなたに渡そうと思って・・」
琴子の母親は、そう言うと歳三にある物を手渡した。
それは、臓器提供カードだった。
「もし自分に何かあったら、あなたに渡して欲しいとあの子は言っていたの。」
「そうですか・・」
「歳三君、あの子はあなたや美砂ちゃんに酷いことをしてきたけれど、あの子のことを許してやって。わたしは、あなたにそれだけを伝えに来たの。」
琴子の母親は歳三達に頭を下げると、レストランから出て行った。
「荻野さん、千尋君の移植手術をこれから行うことになりました。」
「先生、それは一体どういうことなのですか?」
「先ほど、千尋君の肺の型と一致するドナーが見つかりました。これで、千尋君は助かりますよ。」
「先生、有難うございます!」
千尋の肺移植手術は成功した。
だが、千尋は未だに意識を取り戻さなかった。
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