「奥様、お話とは何でしょうか?」
夕食後、千尋がフェリシアの部屋に向かうと、彼女は窓際に立って険しい表情を浮かべていた。
「チヒロさん、トシゾウさんとはどんな関係なの?」
「何故、そのようなことを聞くのですか?」
「この家の未来にかかわることだからよ。」
フェリシアはそう言うと、窓から視線を外して千尋を見た。
「主人が外の女に産ませた子とはいえ、トシゾウはこの家の大切な跡継ぎなの。いずれあの子には相応しい家柄のお嬢さんを奥さんに貰わなければならないわ。」
フェリシアが自分に何を言いたいのかが、千尋には段々わかってきた。
「あなた達が男女の関係ではないことは、知っているわ。でも、トシゾウには余り近づかないでちょうだい。」
「おっしゃっている意味がわかりません。」
「あなたのような子が居ると、トシゾウが迷惑するのよ。」
鋭い棘が含まれたフェリシアの言葉に、千尋の胸は深く抉られた。
「あなたはトシゾウのお友達としてはいいけれど、奥さんには相応しくないわ。わたくしがあなたに言いたかったのはそれだけよ。」
勝手に千尋を自室に呼び出したフェリシアは、そう言うと一方的に会話を打ち切った。
「では、失礼いたします。」
フェリシアの部屋から出た千尋が客用の寝室へと戻ると、そこにはベッドの端に腰掛けている歳三の姿があった。
「先輩、どうしたんですか?」
「お前、あの人から何か嫌なこと言われていなかったか?」
「ええ。」
「まぁ、あの人がお前に言う事は大抵予想がつく。あの人はいつもそうだからな。」
「“いつも”?」
「独り言だから気にするな。それよりも千尋、あの人の言う事を真に受けていたらお前が疲れるだけだ。」
「はい。」
翌朝、千尋と歳三がダイニングルームで朝食を取っていると、そこへフェリシアがやって来た。
「あなた達、いつまでここに居るつもりなの?」
「そんなことは、俺にではなく、あんたの亭主に聞くんだな。」
歳三の言葉にフェリシアはムッとした表情を浮かべた。
「トシゾウ、母さんに何て口の利き方をするんだ。」
カイゼル将軍はそう言うと、歳三を睨んだ。
「親父、俺達はいつまでここに居ればいいんだ?」
「トシゾウ、お前をここに呼んだのは、お前の将来について一度お前と話し合うためだ。」
「俺の将来?」
「そうだ。お前はいずれこの家を継ぐ身。士官学校を卒業したら、軍に入るのだろうな?」
「さぁな。仮に軍人になっても、あんたみたいに会議室で胡坐をかいているような連中にはなりたくはないね。」
「ふん、言ってくれるな。」
歳三とカイゼル将軍との間に、見えない火花が散った。
「今日はグランドレースの日だ、そろそろ支度をして来い。」
「わかったよ。」
歳三は朝食を食べ終えると、ダイニングルームから出て行った。
「グランドレースって、確か年に一回ロイヤル競馬場で行われるレースの事ですよね?」
「ああ。親父が毎年俺をこの家に呼び戻すのは、グランドレースで俺に見合いをさせるためさ。」
歳三はそう言って溜息を吐くと、ソファに座っている千尋を見た。
「俺は結婚なんてしない。親父の言いなりになってたまるか。」
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