「失礼、土方歳三様ですか?」
歳三が千尋の病室から出ると、彼の前にスーツを着た一人の青年が現れた。
「ああそうだが・・あんたは?」
「わたくしは、こういう者です。」
青年はそう言うと、一枚の名刺を歳三に手渡した。
そこには、有名法律事務所の名が印刷されてあった。
「あんたは・・」
「わたしは、ボートを所有されている方からご依頼を受けてこちらに参りました。」
今回の事故の加害者側の弁護士が、自分に何の用なのか―歳三は訝しがりながら彼と共に病院内にあるカフェへと向かった。
「俺に話とは何ですか?」
「今回の事故は、不幸なものでした。加害者の方はあなた方に対して深いお詫びとともに、それなりの補償をなさろうとしていらっしゃいます。」
「今回の事故は、完全にあっちが悪いだろう。」
「おっしゃる通りです。ですから、穏便に事を済ませたいのです。」
「わかりました。俺一人では決められないので、被害者の二人が退院した後にまた話し合いの場を設けてくださると、嬉しいのですが。」
「では、先方にそうお伝えいたします。」
加害者側の弁護士・アルフリートは歳三に向かって頭を下げると、そのままカフェから出て行った。
「トシ、さっき誰と会っていたんだ?」
「ボートを操縦していた家族の弁護士だ。今回の事故はこちら側が完全に悪いから、穏便に済ませたいのだと。」
「幸いレイチェルとチヒロちゃんは軽傷で済んだから、あちら側とちゃんと話をつけて前に進んだ方がいいさ。」
「そうですね。妹さんは?」
「レイチェルなら、元気だよ。ただ、右足を骨折してしまって、暫く入院することになってしまったけどね。山荘でバカンスを満喫するつもりだったのに、台無しになったって喚いていたよ。」
クラウスはそう言って溜息を吐くと、コーヒーを飲んだ。
千尋は事故で入院してから二週間後に退院した。
「チヒロさんはいいわよね、すぐに退院できるのだから。」
レイチェルはベッドの上から恨めしそうに千尋を見つめながら、そう言って溜息を吐いた。
「レイチェルちゃん、ごめんなさいね。俺の所為で・・」
「いくら謝っても、もう済んだことですもの。わたくし、チヒロさんのことを責めているわけではないのよ?」
レイチェルの金色の目が、陽の光を弾いて妖しく輝いた。
「チヒロさん、お願いがあるのだけれど・・」
「お願いって、何?」
「わたくしが入院している間、トシゾウ様をわたくしに譲っていただけないかしら?」
レイチェルの言葉を聞いた千尋の顔が強張った。
「わたくし、トシゾウ様のことが好きなの。あなただけが、トシゾウ様を独り占めするなんて許せないわ。」
レイチェルはそう言うと、千尋の両手を掴んだ。
「ねぇチヒロさん、お願いよ。ずっととは言わないわ、少しの間だけ、トシゾウ様をわたくしに譲ってくださいな。」
「レイチェルちゃん・・」
「もしチヒロさんが断るのなら、わたくしにも考えがあるわ。」
「考え?」
「ええ。今回の事故、原因はあなたの所為だって、周りに言いふらしてやるわ。」
「そんな・・」
レイチェルが千尋の返答を待っていると、病室のドアが誰かにノックされた。
「どうぞ。」
「レイチェル様、お怪我をなさったのですって?」
「心配しましたわよ!」
病室に入って来たのは、華やかなよそ行きのドレスを着た数人の若い令嬢達だった。
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