ピアノの音が聞こえ、千尋が母の部屋に入ると、黒髪の女性がピアノの前に座っていた。
“千尋、こちらは・・・さん。ご挨拶なさい。”
千尋がその女性に挨拶すると、彼女は千尋に向かって優しく微笑んだ。
“千尋ちゃんというのね、宜しくね。”
その女性は、宝石のような紫色の瞳を煌めかせながら、千尋の髪を撫でた。
“お父様、お母様!”
炎に囲まれ、千尋は必死に両親の姿を探した。
二人の姿を探している内に、彼女はあの女性と会った部屋に入った。
“早く逃げなさい!”
“でもお父様とお母様が・・”
“わたくしについて来なさい。”
女性は千尋の小さな手を握ると、屋敷の外へと出た。
“お父様とお母様は、わたしが連れて来るから、あなたはここで待っていなさい。”
女性はそう言って千尋に微笑むと、燃え盛る屋敷の中へと入っていった。
その直後、屋敷は炎に呑まれた。
“お父様、お母様!”
「千尋、しっかりしろ!」
千尋が目を開けると、火事で死んだ筈の女性が自分に微笑んでいた。
「千尋、俺だ。」
「土方先輩・・俺、どうして・・」
千尋が周りを見渡すと、自分は天蓋付きのベッドに寝かされていた。
「気が付いたんだね、チヒロさん。」
歳三の背後から、クラウスが姿を現した。
「クラウス先輩、ここは何処ですか?」
「ここはわたしの家で、君は妹とトシの婚約パーティーに招待されてきたんだ。
君がここに寝ているのは、妹に池へ突き落とされたからだ。」
クラウスの言葉を聞いた千尋の脳裏に、自分への憎悪に彩られたレイチェルの金色の双眸が浮かんだ。
「レイチェルは・・彼女は何処に?」
「あいつなら、自分の部屋で反省している。パーティーは終わった。」
「すいません、ご迷惑をお掛けして・・」
「謝るのはこちらの方だ。妹がとんでもないことをしてしまった。わたしに免じて、妹を許してやってくれ。」
「はい・・」
「何かあったらランプの傍に置いてあるベルで呼んでくれ。」
クラウスが部屋から出て行くと、千尋は熱に潤んだ瞳で歳三を見た。
「先輩に、お話ししたいことがあります。」
「俺に話したいこと?」
「はい。昔、俺先輩のお母様にお会いしたことがあるんです。」
「それは本当か?」
歳三はそう言うと、千尋を見た。
「わたしの母と、先輩のお母様は知り合いだったような気がするんです。一度、先輩のお母様にお会いしたのですが、その時のことがなかなか思い出せないんです。」
「無理に思い出そうとしなくていい。今はゆっくりと休め。」
歳三は千尋の手を握ると、そのまま部屋を出た。
「トシ、チヒロさんの様子はどうだ?」
「少しは落ち着きました。先輩、本当にレイチェルが千尋を池に突き落としたんですか?」
「ああ。詳しい話は妹から聞いてくれ。」
「わかりました。今日はもう遅いので、明日聞きます。」
翌朝、歳三がレイチェルの部屋のドアをノックしたが、中から何の反応もなかった。
「先輩、レイチェルが部屋から出てこねぇんだ。」
「レイチェル、どうしたんだ、出て来い!」
クラウスと歳三がレイチェルの部屋に入ると、レイチェルは大量の睡眠薬を飲んで意識を失っていた。
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