千尋がクリスチャンとともにリティアへと向かっている頃、歳三は西部で行われる軍事演習に参加していた。
演習の内容は、士官学校で行われている授業と変わらないものだったが、ひとつ違ったのは、毎日格闘訓練があることだった。
格闘訓練とは、その名の通り素手や凶器を使って相手を倒す訓練だった。
「一切手加減はするな、全力でやれ!」
教官達の言葉を合図に、生徒達は毎日格闘訓練に明け暮れた。
その所為か、毎日怪我人が絶えなかった。
「いてて・・」
医務室で傷口を消毒しながら、歳三はそう呟くと痛みで顔を顰めた。
「大丈夫か、トシ?」
「なぁに、こんな傷大したことねぇよ。唾つけとちゃぁ治るさ。」
仲間の前ではそう強がってみたものの、格闘訓練で相手に打たれた右手首は赤紫色に腫れ上がっていた。
(ったく、全力でやれって教官から言われて、本当にやる馬鹿が居るかよ。)
腫れた手首に湿布を貼って医務室から出た歳三は自室に戻ると、ベッドに横になった。
(千尋、今頃リティアに着いているかなぁ・・)
歳三が千尋の事を想いながら窓を見ていると、空には蒼い月が浮かんでいた。
「セン、もうすぐ着くよ。」
「はい。」
「こんなにも到着が遅くなってしまって、申し訳ありません。先ほど、こちらの列車を爆破するという犯行予告があったので、警備で時間が掛かってしまいました。」
車掌はそう言うと、クリスチャンと千尋に向かって深く頭を下げた。
「最近は物騒な連中が居るものだな。」
「ええ、まったくです。」
二人がリティアに着いたのは、南部を出発してから5時間後のことだった。
列車から二人が降りて駅の外へと出ると、そこには一台のリムジンが待っていた。
「皇太子様、お待ちしておりました。どうぞお乗りくださいませ。」
「わかった。」
リムジンに揺られた二人は、王宮へと向かった。
「皇太子様、お帰りなさいませ。」
「父上は?」
「陛下なら、お部屋でお休みになられております。」
「そうか。セン、明日父上とお会いすることにしよう。」
「はい。」
王宮にクリスチャンとともに入った千尋は、皇太子付きの侍従に部屋へと案内された。
「では、お休みなさいませ。」
王宮内に用意された部屋で、千尋は眠れぬ夜を過ごし、歳三もまた、宿舎のベッドで眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、千尋が寝台の中で目を閉じていると、躊躇いなくドアがノックされた。
「どうぞ。」
「失礼いたします。」
「セン様、お召し替えを。」
ドアが開き、数人の女官達が部屋に入って来た。
「これから、皇帝陛下にお会いするのですか?」
「はい。時間がありませんので、お急ぎくださいませ。」
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