「アンジュ、遅かったじゃないの!」
「ごめんなさい、お母様。お友達の支度を手伝っていたら、遅くなってしまったの。」
アンジュはそう言って母に詫びると、彼女に凛を紹介した。
「紹介しますわ、わたくしの命の恩人の、リンさんです。」
「まぁ、あなたが娘の命を助けてくださった方なのね?」
「本日は誕生パーティーに招いて頂き、有難うございます。」
「アンジュの母の、エミリーです。今夜のパーティー、楽しんでくださいね。」
凛がアンジュと共に大広間を歩いていると、招待客達が自分に好奇の視線を送っていることに気づいた。
「どうかなさったの?」
「いいえ。ただ、周りが僕たちの方を見ているような気がして・・」
「あなたがとても綺麗だから、何処の家のお嬢様なのか知りたがっているのよ。今、飲み物を持ってくるわね。」
アンジュは凛の元を離れ、飲み物を取りに行った。
「アンジュ姉様、お誕生日おめでとうございます。」
「あらトム、その燕尾服、似合っているじゃない。」
「お父様が、社交界デビューの日の為に誂えてくださったものなんです。アンジュ姉様も、そのドレスよく似合っていますよ。」
「有難う。お友達を待たせているから、後でお話ししましょうね。」
「ええ。」
トムはそう言うと、わざとアンジュのドレスにワインを零した。
「ごめんなさい姉様、ドレスを台無しにしてしまいました!」
「このままだと皆さんの前には出られないから、着替えて来るわね。」
「はい。」
(アンジュ様、遅いなぁ。)
会場の隅の方でアンジュを待っていた凛は、溜息を吐きながら彼女が戻って来るのを待っていた。
その時、一人の青年が凛の前に現れた。
「素敵なお嬢さん、わたしと踊っていただけませんか?」
「え、僕?」
「そうですよ、美しいお嬢さん。」
生まれて初めて男にナンパされ、凛は戸惑っていた。
「申し訳ありませんが、ダンスは・・」
「大丈夫です、わたしがリード致します。」
凛は男に手首を無理矢理掴まれそうになり、暴れた弾みで男のタキシードにワインを零してしまった。
「何をするんだ!」
「も、申し訳ありません・・」
「謝って済むと思うのか、弁償しろ!」
先ほどまで凛に甘い言葉をかけていた青年は、人が変わったかのように彼を罵倒した。
「どうした、何の騒ぎだ?」
「土方様、この女がわたしのタキシードを汚してしまって・・」
「わざとじゃねぇようだし、許してやれ。」
「はい、ではわたしはこれで失礼します。」
青年から自分を救ってくれた男の顔を見た凛は、彼が自分と同じ色の瞳をしていることに気づいた。
「お前、あの時の・・」
「わたしの事を、知っているのですか?」
「いや、ただの人違いだった。」
男が凛に背を向けようとした時、楽団が音楽を奏で始めた。
「あの、もしよろしければわたくしと踊っていただけませんか?」
「喜んで。」
男の手を握った凛は、金属の冷たい感触がしたことに気づいた。
素材提供:素材屋 flower&clover様
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