「こんな最果ての地にも、美しい花があるとはね。」
ルチアが自慢の庭園に未来の夫であるアレクサンドリアを連れて行くと、彼の口から出た感想は素っ気ないものだった。
敵国である皇子・アレクサンドリアと、その妹姫・マリアがこの宮殿に滞在してから既に1週間が過ぎていたが、その間ルチアとアレクサンドリアの距離は縮まるどころか、深い溝が生じ始めていた。
才能あるものなら身分を問わず宮廷に召し上げ、出自や家柄に拘らない自由主義のルチアと、皇族であることに誇りを持ち、それに鼻をかけ、貴族や聖職者といった特権階級としか付合わない権力至上主義、保守主義のアレクサンドリアとは全く価値観が合わず、周囲は、“いくら政略結婚といえど、互いが不幸になるのではないか”と囁かれる程、2人の関係は悪化の一途をたどっていった。
(わたくし、この方が嫌いだわ・・)
やけに自信家で、ナルシストで、何かと言えば己の出自を鼻に掛ける婚約者を、ルチアは心底嫌っていた。
「アレク様、今週末狐狩りがありますの。ご一緒にいかがかしら?」
「狐狩りですか・・生憎わたしはその日は予定がありますので。」
「あら、そうでしたの。残念でしたわね。」
ルチアはそう言ったっきり、それから一言もアレクサンドリアと会話を交わさないまま、庭園で別れた。
「ルチア様、アレクサンドリア様とはいかがでしたか?」
「別に。彼とは余り話すことはないわ。それに、あの人嫌い。」
ルチアは紫紺の瞳に憂いを帯びながら、レオンを見た。
「そうですか・・狩りにはお誘いしたのですか?」
「したけれど、その日は予定が入っているんですって。恐らくどこぞの歌劇場の歌姫としけこむおつもりなのでしょうね。」
辛辣な口調でルチアはそう蓮っ葉な事を言いながら、鬱陶しそうに前髪を掻きあげた。
「ルチア様、今回の縁談には乗り気ではないのですね?」
「勿論よ。まぁ、あの人の妹とは気が合うけれど。」
ルチアがこれ以上アレクサンドリアの事を話したくないような顔をした時、ドレスの裾を摘んでアレクサンドリアの妹・マリアがルチア達の元へと駆け寄ってきた。
「ルチア様、こちらにいらしてたのですね!」
「まぁ、マリア様。ご紹介いたしますわ、こちらはわたくしの騎士のレオナルド、レオンですわ。」
「初めまして、レオナルドと申します。」
レオンがそう言ってマリアに頭を下げると、マリアは嬉しそうに笑った。
「ルチア様、今週末の狩り、ご一緒しても宜しいかしら?」
「ええ、喜んで。レオンも参加するわよね?」
「はい。」
アレクサンドリアとは対照的に、ルチアはマリアと始終笑顔で雑談していた。
マリアはルチアと共通の趣味を持っており、ルチアを姉のように慕っているので、ルチアの方も実の妹のように彼女を可愛がっていた。
(アレクサンドリア様とルチア様は、相容れないかもしれない・・)
ルチアとアレクサンドリアに明るい未来が訪れないことに、レオンは薄々と感じていた。
一方、王宮から離れた高級レストランの一室で、ガブリエルは嫌々ながらも縁談相手と見合いをしていた。
相手はヒルデ=シュタイハットといい、ダークブロンドの髪にモスグリーンの瞳をした美しい令嬢だったが、一言話してガブリエルは彼女が傲慢な性格であることが解った。
「ガブリエル様、今週末ルチア様が狐狩りを催されるそうですわ。もしよければ、ご一緒に・・」
「申し訳ございませんが、先約がありますので。では失礼。」
デザートを待たぬ内にガブリエルはそう言って椅子を引いて立ち上がると、憮然とした表情を浮かべているヒルデを残してレストランから出た。
「ガブリエル、先方から苦情が来ましたよ。あなた、ヒルデさんのお誘いをお断りしたんですって?」
「ええ。わたしは彼女に一目合った時から彼女の事が嫌いになりました。今後一切縁談をわたしに持ち込むのはおやめ下さい、母上。」
玄関ホールで呆然と立ち尽くす母親を残し、ガブリエルは自室へと向かうと愛用のソファに寝そべって溜息を吐いた。
「若様、また奥様がご縁談を?」
幼少のころから自分に仕えている老執事が部屋に入って来てそう尋ねると、ガブリエルは前髪を鬱陶しそうに掻きあげた。
「ああ。全く、腹が立つ。」
「奥様はこのまま若様が家督を継がぬのだろうかと、ご心配されておいでです。」
「ハッ、良く言う! ローゼンフェルトの血を絶やさぬ為の、言い訳に過ぎん! あの女の所為で、どれほど妻が苦しんだか・・お前も知らぬ訳がないだろう?」
ガブリエルに鋭い言葉を投げつけられた老執事は、顔を岩石のように強張らせた。
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