「ガ、ガブリエル様・・」
「知らぬとは言わせないぞ。あの女はわたしの妻が自害するまで、精神的に追い詰めた張本人だ!」
ガブリエルの漆黒の瞳が、怒りで一瞬滾った。
彼の妻は、ガブリエルの家と釣り合いの取れる貴族の令嬢だった。
金髪紅眼の、笑顔が可愛い妻だったが、彼女の鷹揚さが婚家では仇となってしまった。
ガブリエルの母・エウリケは、自分が推す貴族の令嬢と結婚せず、薄気味悪い目をした女を息子が嫁に貰ったことに腹を立て、ガブリエルが軍務で忙しい時を見計らって妻に陰湿な嫌がらせをした。
世間知らずで鷹揚な性格であった彼の妻は、姑の仕打ちに次第に心を病むようになり、ある日ついに彼女は自室で首を吊って自殺した。
その妻の遺体を、遠征から帰還したばかりのガブリエルが発見したのであった。
妻の死、そしてそれを招いた母親の、妻に対する仕打ちを知ったガブリエルは結婚など二度としないことを決めた。
エウリケとは絶縁はしないものの、家庭内では妻の死以降一切口を利いていなかった。
「わたしは結婚などしない。再婚でもすれば、またわたしの妻があの魔女に取って喰われてしまうからな。」
「ガブリエル様・・奥様をもうお許しになってはいかがでしょう?」
「いや、許さない。あの女が死ぬまではな。」
老執事と息子との遣り取りを廊下で聞いていたエウリケは、息子に見限られたことを始めて知り、呆然と廊下に立ち尽くしていた。
一方、師匠エルムントとともに、アンダルスはビュリュリー伯爵家を再び訪れていた。
「アンダルス、また来てくださってありがとう。」
「またお招きいただいてありがとうございます、奥様。こちらは僕のお師匠様の、エルムントです。」
エルムントはアンダルスに紹介され、伯爵夫人に向かって宮廷式の礼をした。
赤銅色の彼の髪が、ふわりと風に靡いた。
「あなたが宮廷の方々を虜にさせているという、吟遊詩人さんね?」
「初めまして、奥様。わたしの弟子がお世話になっております。」
「お世話になっているのはこちらの方よ。さぁ、あちらに掛けてくださいな。今日あなた方をお呼びしたのは、話したいことがあるからです。」
伯爵夫人は笑みを崩さずに、2人とともに温室へと入った。
「こちらなら、誰にも聞かれる事はないわ。」
そう言って2人に振り向いた彼女の顔からは、笑みが消えていた。
「奥様、お話とはなんでしょうか?」
「アンダルス、あなた、両親は居ないと言ったわよね? それは本当なのね?」
「は、はい・・」
アンダルスの答えに、伯爵夫人は溜息を吐いた。
「良くお聞きなさい、アンダルス。あなたのお母様は、このビュリュリー家の令嬢だった方なのです。」
「え・・」
突然告げられた真実に、アンダルスはただただ呆然とするしかなかった。
「わたくしの義妹・・つまりあなたのお母様は、身分違いの恋をしてこの家を勘当された後あなたを産んだの。つまりあなたは、このビュリュリー伯爵家の人間ということなのよ。」
「では奥様は、僕の義理の伯母様なのですか?」
「そうね。」
アンダルスはちらりと隣に立っているエルムントを見ると、彼は少し蒼褪めていた。
「奥様、何故僕の母はこの家から勘当されてしまったのですか? 僕の父親は一体誰なのですか?」
「あなたの父親は、あなたが生まれる前に、行方不明となりました。彼は音楽の才能に長けていて、音楽家としての将来を振って、あなたのお母様と駆け落ちしましたが、列車事故に遭って以来、行方が知れません。」
「そうですか・・」
自分が貴族の子息であるという衝撃の真実を知り、アンダルスは呆然としていた。
「カモミールティーをお飲みなさい。少しは気分が落ち着くでしょう。」
「は、はい・・」
テーブルの上に置かれたハーブティーを口にしようとアンダルスはティーカップを持ったが、手が震えてなかなか飲む事が出来なかった。
「奥様、お客様が・・」
「後になさい。」
「ですが・・」
「お久しぶりです、奥様。」
温室の扉が突然勢いよく開かれ、プラチナブロンドの髪を靡かせた長身の男が入って来た。
「あなた・・死んだ筈では・・」
伯爵夫人は、男を見るなり驚愕の表情で彼を見つめた。
彼の正体は、先ほど彼女がアンダルスに話した、彼の行方不明の父親だった。
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