「お前、そのブローチはどうした?」
「今まで失くしていたけれど、アンジュ姉様がブローチを見つけてくれたんです。」
「そうか。」
トムの嘘を、歳三は何の疑いもなく信じた。
「お父様、今日は何か予定がありますか?」
「いや、ないが。どうしてそんなことを聞くんだ?」
「一緒にお父様とお買い物したいなぁと思って。ご迷惑でしたか?」
「迷惑なんて思っちゃいねぇよ。早速出かけるか。」
歳三はそう言うと、トムの頭を撫でた。
それから、トムは歳三とともに買い物を楽しんだ。
「何だか、こうしてお父様と一緒に買い物できるなんて夢みたい。」
「ああ、そうだな。」
大通りに面するカフェでトムが歳三と昼食を取っていると、そこへエミリー達が通りかかった。
「あら、お兄様。奇遇ですわね、こんな所でお会いするなんて。」
「伯父様、トム、ランチをご一緒にしてもいいかしら?」
「ええ、勿論です。」
アンジュはトムの胸にブローチが輝いていることに気づいた。
「あら、そのブローチ、どうしたの?」
「何をおっしゃっているのですか、アンジュ姉様。アンジュ姉様が僕のブローチを探してくださったのでしょう?」
「それはそうだけれど、そのブローチはあの子の・・」
「あの子って、姉様の命の恩人の? あの子がこんなに高価な物を持っているわけないですよ、姉様の勘違いじゃありませんか?」
アンジュはトムにブローチの事で反論しようとしたが、あっさりと彼に丸め込まれてしまった。
「それにしても、二人とも沢山買い物をしたんだな?」
「ええ。何といっても愛しい娘の社交界デビューを控えているのですもの。ドレスとか靴とか、色々と欲しい物があって、つい買い過ぎてしまったわ。」
「娘の為とかなんとか言って、お前ぇも新しいドレスをちゃっかりと買っているじゃねぇか。女ってのは、本当に買い物が好きだな。」
歳三は呆れたような顔をしてエミリー達の足元に置かれた紙袋を見た後、そう言って溜息を吐いた。
「あら、女は色々と支度がかかるものよ。お兄様もわたくし達の苦労を少しは知って欲しいものだわ、ねぇアンジュ?」
「ええ、そうですわ。わたくし一度、伯父様のドレス姿を見てみたいですわ。」
「おい二人とも、悪い冗談は止せよ。」
歳三はそう言って頭をボリボリと掻いた。
一方、オーロラ一座のテントでは、夜の公演に向けての準備が慌ただしく行われていた。
「リン、衣装合わせがしたいからリンジーがテントに来いってさ。」
「はい、わかりました。」
凛が一座の衣装係であるリンジーのテントに入ると、そこには鮮やかな緋色のドレスがマネキンに着せられてあった。
「リンジーさん、このドレスは?」
「ああ、それ? 今夜の公演で、あんたに着て貰いたいと思って作ったのよ。」
「綺麗ですね。」
「そうでしょう? あんた、踊りは出来るのよね?」
「はい。」
「それじゃぁ、本番まで時間がないから、それを着てすぐに練習しましょうか。」
その日の夜、歳三はエミリー達とともにオーロラ一座の公演を観に来ていた。
「結構人気なのね、このサーカス団。」
「ええ。始まったわよ。」
テント内が急に暗くなり、観客達が少しざわめいた後、舞台の中央に立っているカイルにスポットライトが当たった。
素材提供:素材屋 flower&clover様
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