「エリザベートはまだなのか?」
「はい、皇妃様のお姿はまだ見ておりません。」
「舞踏会を開くと言い出した癖に、遅れるとはどういうつもりだ。」
「陛下、女性の身支度に時間が掛かるのは当然のことです。そんなにカリカリなさらないでください。」
妻がなかなか大広間に姿を現さないことに苛立つ皇帝をトムは優しい言葉で宥(なだ)めながら彼の肩越しで薄笑いを浮かべた。
「リン、お前はずっとわたしの傍に居ておくれ。」
「はい、お祖父様。」
トムがそう言って皇帝を見つめた時、大広間に皇妃が凛とともに入って来た。
「あれは、お前の偽者ではないか。」
皇帝は凛の姿を見て眦を上げると、皇妃の前に立った。
「エリザベート、リンの偽者をこの場に呼ぶとは、一体どういうつもりだ?」
「陛下、あなたが今親しくしている者はマリアの子の名を騙った偽者です。」
「何の根拠があってそのような事を申すのだ?」
「証拠なら、ここにあります。」
凛はそう言うとトムを睨みつけ、右手に嵌めたルビーの指輪を周りの貴族達に見えるように高く掲げた。
「その指輪、マリアの物ではないか! 何故、お前がそれを持っているのだ?」
「その指輪は、カイゼル公爵夫人・フェリシアが生前マリアを殺害した後、保管していた物です。」
―なんですって・・
―マリア皇女様が殺害されたなんて、どういうこと?
「マリアが殺害されただと? エリザベート、一体どういうことだ?」
「その質問には、わたしがお答えいたします、陛下。」
「お父様・・」
漆黒のマントを翻し、真紅の軍服を纏った歳三は、皇帝の前に跪いた。
「16年前、わたしの母と、マリア皇女様を殺害したのは、今は亡きわたしの義理の母でありカイゼル公爵夫人・フェリシアでした。」
歳三は、皇帝に16年前に起きた火事の真相を語った。
真実を知った皇帝は愕然とし、倒れそうになった彼の身体をトムが支えた。
「つまり、妹はそなたの義理の母が起こした火事の犠牲となったのだな・・」
「義理の母が亡くなった今、彼女の罪を許してくれとは申しませぬ。」
「陛下、どうか真実をあなた様の目で見極めてくださいませ。あなたの隣に今立っている者は、マリアの子の名を騙った偽者です。この者が今胸につけているブローチは、本物の凛から奪い取った物なのです。」
エリザベートはそう言うと、トムの胸元に光っているブローチを指した。
「お前は、本当にマリアの子なのか?」
「そうです、陛下。何故僕が陛下に嘘を吐くなど・・」
「よく回る舌だな、トム。」
皇帝に引き攣った笑みを浮かべたトムに向かって、アレックスがエリザベートの背後から現れた。
「アレックス兄ちゃん、どうして王宮に居るの?」
「おや、あなたとは初対面の筈でしたよね、リン様?」
トムはアレックスに嵌められたことを知り、内心舌打ちした。
「陛下、わたしは宝石職人ユリウスの一番弟子、アレックスと申します。陛下の隣に居る者とは、一時期同じ孤児院で過ごした事がございます。」
「孤児院だと?」
「はい・・わたしとその者が育ったのは、ウロボロス市郊外にある聖マリア孤児院です。」
「聖マリアだと?」
アレックスの言葉に、皇帝の顔が強張った。
「聖マリア孤児院は、今から10年前に何者かに放火され、焼失しました。最近になって、孤児院に放火した者が誰なのかがわかりました。」
「陛下、あれは事故だったのです!僕はただ、院長室にあるトランクの中身を調べようとして・・」
皇帝に弁解を始めたトムは、それが自らの首を絞めることに気づいたが、もう遅かった。
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