「総司、おい!」
歳三は我を忘れ、何も映らなくなったスクリーンに向かって叫んでいた。
「畜生、八郎の奴、殺してやる!」
そう叫んだ歳三の琥珀色の双眸は、八郎への憎しみと怒りで滾っていた。
彼の全身から発せられる凄まじい殺気に、周囲の誰ものが皆言葉を失い、彼を恐れていた。
「トシ、冷静になれ。感情的になればなるほど、人質が助かる確率が低くなる。」
「けどよ、近藤さん・・」
「お前が沖田君を心配しているのは解る。だが感情的になって先走った行動を起こせば、取り返しがつかなくなるんだぞ!」
いつもは温厚な近藤が声を荒げたので、歳三は我に返った。
(そうだ、今感情的になっちゃ駄目だ。そんな事したらあいつの思う壺だ。)
八郎はわざと歳三を挑発し、彼を怒らせることが目的なのだ。
近藤の言葉がなかったら、あのまま彼の企みに乗せられるところだった。
(総司・・)
今すぐにでも総司を八郎から奪還したいところだが、状況をいったん整理して対策を練った方が良い。
「勝っちゃん、ありがとよ。」
捜査会議が終わり、署内の喫煙所で歳三はそう言って近藤を見た。
職場では「近藤さん」と歳三は呼んでいるが、2人きりになるときは名前で呼んでいた。
「いいんだ、トシ。それよりも沖田君は伊庭と一緒なのか?」
「ああ、その可能性が高いな。恐らくあいつの別荘に、総司が監禁されている。」
歳三の脳裡に、美しいドレスを纏った総司の姿が浮かんだ。
短い映像だったが、彼は八郎から危害を加えられたりはされていない。
寧ろ、大切にされている。
(八郎、てめぇとの勝負はまだこれからだ、勝ったと思うなよ!)
絶対に総司を救い出してみせる―歳三はそう決意し、吸殻を捨て捜査を開始した。
一方八郎は別荘で盛大なパーティーを開いていた。
招待客は政財界の大物や、裏社会の重鎮たちなどが出席しており、八郎は笑顔を終始彼らに振りまいていた。
だが彼の隣に居る車椅子の女性―総司は、不機嫌な表情を浮かべていた。
薄紅色のモスリンのドレスは、薄茶の髪によく映え、薄化粧を施された顔はまるで何処かの国の皇女のように気高い印象を招待客に与えている。
だが総司は、このパーティーが嫌で堪らなかった。
無理矢理八郎とその部下達に拉致され、女装させられたのだから笑える気分ではない。
「どうしたんだい、そんな恐ろしい顔をして。」
「あなたの所為でしょう!僕をこんな風にして!」
総司はキッと八郎を睨み付けると、車椅子を操作して彼の元から離れた。
「おやおや、奥方とは喧嘩しておられるのですか?」
八郎にそう言って声をかけて来たのは、裏社会の重鎮の1人・芹沢鴨の部下、新見だった。
「ええ。彼女は社交嫌いで、いくら仕事の都合とはいえ客をもてなすのは苦痛を感じたのでしょう。」
当たり障りのない嘘を咄嗟に吐いたが、新見は気づいていないようだった。
「そうですか、奥方の機嫌が良くなればいいですね。」
「ええ、本当に。」
八郎は溜息を吐くと、総司の部屋へと向かった。
「どうしてあんな態度を取ったんだい? お客様の前では笑顔で居ろと言っただろう?」
「放っておいて、あなたの言う事なんか聞きたくない!」
総司はそう言うと、黒の長手袋を脱いでそれを八郎に向かって投げた。
「君がわたしに怒りを感じるのは解る。だが他人の前で仏頂面をするのは止めてくれないか?」
「放っておいてって言っているでしょう、出て行って!」
「・・解った。」
八郎は声を荒げたいのをぐっと堪え、静かに総司の部屋から出て行った。
「歳三兄ちゃん・・」
暗い部屋の中で、総司は静かに涙を流し、歳三を呼んだ。
彼を愛しているのか、憎んでいるのか解らない。
ただ、彼に会いたい。
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Last updated
2015.06.07 20:44:51
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