「八郎、総司はお前の別荘に居るんだな?」
歳三はそう言って八郎を睨みつけた。
「そんなに怖い顔で睨まなくてもいいじゃないか、歳。」
優雅に椅子に腰を下ろしながら、八郎はウェイトレスにコーヒーを注文した。
「歳、単刀直入に言うわ。あの子を返して欲しければ、わたしと結婚なさい。」
「何馬鹿な事を言ってやがる! そんな事出来るわけ・・」
「出来る訳がないって言いたいの? でもねトシ、もうわたし達は婚約したのよ。それを忘れた訳じゃないわよね?」
琴枝はそう言って歳三に左手薬指を翳すと、そこには婚約指輪が光っていた。
「婚約パーティーは伊豆沖のワンナイトクルーズよ。あの豪華客船リストリア号で夜7時に開かれるわ。伊庭さんも来て下さるわよね?」
「ええ、是非。“妻”と出席するよ。」
八郎は琴枝に目配せすると、そう言って笑った。
その視線で、歳三は彼らが手を組んでいることに気づいた。
「お前ら、グルだったのか。」
「そうよ。トシ、婚約パーティー楽しみね。」
琴枝はそう言って歳三に微笑んだ。
(伊庭さん、遅いな・・)
八郎が東京で歳三と会っている中、伊豆の別荘で総司はバルコニーから海を眺めていた。
「総司様、そろそろ中に入りませんと。お風邪を召されますよ。」
「はい・・」
総司はそう言うと、椅子から立ち上がった。
鎮静剤を打たれた影響で暫く歩くことができなかったが、最近では歩けるようになり、暇さえあれば別荘の周囲を散策する日々を送っていた。
「今週末、リストリア号でパーティーがあるので、御出席するようにと旦那様が・・」
「解った。」
この前別荘で開かれたパーティーで疲れてしまったので、総司は余りああいう場には出たくはなかったが、一応八郎の“妻”として、社交場に出なければと思い、パーティーに出席することにした。
「総司、支度は出来たかい?」
「はい・・」
身支度を整えた総司は、ドレスの裾を摘んで部屋から出てきた。
白いタキシードを着た八郎は、彼のドレスアップした姿を見て息を呑んだ。
今夜の総司は、瑠璃色のドレスと黒絹の長手袋を着け、薄茶の長い髪は一流の美容師によって美しくセットされ、頭上にはダイヤのティアラが輝いていた。
「やはり君にはルビーが似合うね。」
八郎はそう言うと、総司の両耳を飾るルビーのピアスに触れた。
「さてと、もう行こうか?」
「はい・・」
これから最愛の人との婚約を発表する華やかなパーティーだというのに、歳三は始終不機嫌な表情を浮かべていた。
「そんな顔しないでよ、トシ。大丈夫、伊庭さんは約束を守る方よ。」
アイボリーのドレスを纏った琴枝が、そう言って歳三に向かって微笑んだ。
「伊庭様だわ・・」
「相変わらず素敵だこと・・」
「隣にいる方はどなたかしら?」
歳三と琴枝が顔を上げた先には、八郎にエスコートされた総司の姿があった。
(総司・・)
(歳三兄ちゃん・・)
見つめ合った総司と歳三は、互いに言葉を交わせないままパーティーが始まった。
「来て下さったわね、伊庭さん。あの子は何処に?」
「総司なら、君の婚約者と話をしているよ。」
「そう・・まだあの子に未練があるのね、トシは・・」
そう言った琴枝の目が鋭く光った。
「あの人と婚約したんですね、おめでとうございます。」
「総司、お前はこれから伊庭と暮らすつもりなのか?」
「そうです。あの人は僕のことを愛してくれますし。あなたとは全然違うんです。」
総司はそう言って笑うと、八郎に向かって手を振った。
その時、船尾から爆発音が聞こえた。
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最終更新日
2015年06月07日 20時51分12秒
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