歳三は琴枝と彼女の両親と会食する事となった。
場所は琴枝が行きつけのイタリア料理店で、料理や接客は一流だった。
「ねぇトシ、新婚旅行は何処にする?」
「お前が行きたいところでいいぜ。」
「んもう、トシったら。」
琴枝がそう言って歳三の脇腹を小突いた。
「琴枝、そう土方君を困らせるんじゃないよ。彼にだって色々と都合があるのだからね。」
誠治が咄嗟に歳三に助け船を出すと、コーヒーを飲んだ。
「招待状はもう皆さんに送ったの?」
「ええ。後はあのチェリストに送るだけよ、お母様。」
“チェリスト”の言葉に、歳三はビクリと身を震わせた。
「チェリストって、あの沖田総司とかいう子の事かしら? 何でもウィーンでは知らぬ者は居ないとか。」
「ええ。彼には是非披露宴でお祝いのスピーチとチェロの生演奏をして欲しいと思っているのよ。」
琴枝の言葉の端々に、総司への悪意が滲み出ていることが歳三には感じられた。
彼女は人生で一番幸せな瞬間を、総司に見せつける為に彼を結婚式に呼ぼうとしているのだ。
歳三が未だに総司に未練があることを知りながら。
「琴枝、後で話がある。」
両親と連れ立ってレストランを出た琴枝に歳三がそう話しかけると、彼女は静かに頷いた。
「じゃぁ、わたしが指定する場所に来て。」
「解った・・」
歳三は彼女と別れて車に乗り込み、エンジンを唸らせるとレストランの駐車場から出て行った。
一方、総司は実家で姉夫婦と楽しく話していた。
「総司、もう身体の方は大丈夫なの?」
「うん。腎臓の状態は良くなってきてるって。」
「そう・・それは良かったわね。」
みつがそう言った時、玄関のチャイムが鳴った。
「誰かしら?」
「僕が出るよ。」
総司が玄関へと向かい、ドアを開けると、そこには琴枝が立っていた。
「お久しぶりね、沖田さん。お身体の具合はもうよろしいの?」
「え、ええ・・」
一体自分に何の用だろうと思いながら総司が身構えていると、彼女はバッグの中から何かを渡した。
「これ、結婚式の招待状よ。是非あなたにもトシとわたしの門出を祝っていただきたいの。」
琴枝の言葉に、総司は全身を殴られるようなショックを受けた。
「そう・・ですか・・」
「用はもう済んだから。」
琴枝は総司の反応を見てくるりと彼に背を向けると、タクシーに乗り込んでいった。
「総司、どうしたの?」
蒼褪めた顔で玄関から戻ってきた総司を見て、みつは何かあったのだと確信した。
「さっき、歳三兄ちゃん・・土方さんの婚約者が来た。」
「そう。部屋で休んでいなさい。」
「うん・・」
(歳三兄ちゃん、あの人と結婚するんだ。)
歳三と琴枝の結婚は、もう決まったことなのだ。
静かに自分が身をひけばいい―頭ではそう解っていても、心が痛かった。
部屋に入った総司はベッドに入り、頭から布団を被ると涙を流した。
今すぐ歳三に逢いたい―そう思いながらも彼が琴枝のものになるという事実を受け止めなければという葛藤に、総司は苦しんだ。
拭っても拭っても、涙は絶え間なく流れ出てきて、終いには意識を失った彼はゆっくりと目を閉じた。
―司・・総司!
遠くから声が聞こえ、総司が目を開けると、そこには夢に出てきたあの男が立っていた。
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Last updated
2015.06.07 21:02:16
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