『タマキ、おはよう。』
『おはようございます、ルドルフ様。』
『その様子だと、また徹夜したようだな?』
『ええ。キリの良い所で仕上げて休もうと思いながらも、結局徹夜してしまいました。』
『二階に行って休んで来い。』
『解りました。』
環が二階の寝室に入って休むと、一階の厨房からルドルフが料理をしている音が聞こえた。
「旦那様がお料理を為さるなんて珍しいですね。」
「そうか?一度、仕事仲間との集まりで時々料理をすることを話したら、皆に怪訝そうな顔をされてしまったよ。日本では、男性が料理をすることがそんなに珍しいものなのか?」
「ええ。日本では昔から、“男女七歳にして席を同じゅうにせず”という儒教の教えがありますからね。男は外で働き、女は家を守るのが仕事だとされておりますし、家の事は女性がすべきもので男性がすべきものではないという考えがございますから、旦那様のような方は珍しいのでしょうね。」
静はそう言って苦笑しながら、ルドルフが作っている目玉焼きを見た。
「ちょっと焦げてしまったな。実は、料理は余り上手くないんだ。今まで、家事全般はメイドに任せっきりだったから・・」
「そうなのですか。」
静はルドルフがどのような経歴の持ち主なのかは知らなかったが、彼が貴族階級出身だという事は、立ち居振る舞いから窺い知れた。
「家事は慣れでございますから、少しずつ旦那様の遣りたいように為さってはいかがですか?」
「そうしよう。」
ルドルフが朝食を作り終えて二階の寝室に居る環の元にそれを運んだのは、朝食を作り始めてから一時間後の事だった。
「タマキ、起きているかい?」
「ええ。ルドルフ様、わたしの為に朝食を作ってくださったのですか?」
「ああ。目玉焼きが少し焦げてしまったが。」
「美味しそうですね。」
環はそう言うと、ルドルフが作った朝食をあっという間に平らげた。
「どうだった?」
「美味しかったです。ルドルフ様、有難うございます。」
「お前からそう言われると、朝食を作った甲斐があったな。」
ルドルフはそう言うと、照れくさそうな笑みを浮かべた。
その時、玄関ホールの方から菊の泣き声が聞こえた。
「どうしたのかしら?」
「わたしが見てこよう。」
ルドルフが一階の玄関ホールへと降りると、そこには静の胸に顔を埋めて泣いている菊の姿があった。
「菊、どうしたんだい?」
「お父様、わたしは貰い子だって本当なの?」
「誰から、そんな話を聞いたんだい?」
いつか菊が自分の出生を知る日が来るだろうと思っていたルドルフだったが、まさかこんなに早くその日が来るなどとは思ってもいなかった。
「隣の席の、厚君から言われたの。お母様と顔が似ていないから、お前は余所から貰われて来たんだろうって。」
「お友達からそんな事を言われたから、学校から帰って来たのかい?」
ルドルフは泣きじゃくる菊を抱き締めると、彼女に部屋で休むように言った。
「旦那様、菊お嬢様の事は・・」
「いつかあの子が自分の出生について知る日が来ることになるかもしれないと思っていたが、まさかこんなに早くその日が来るなんてな・・」
ルドルフはそう呟いた後、溜息を吐いた。
二階の寝室で休んでいた環は、菊が泣きながら部屋に入って来るのを見て驚いた。
「どうしたの菊、学校で何かあったの?」
「お母様、わたしは貰い子なの?」
「いいえ、貴方は貰い子なんかじゃないわ。」
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